ジリエト商隊護衛(7)
俺は幻惑の霧で身を隠すと、大きく進路を変えて傭兵団に迫る。こいつら、光系の使える魔法士がいるって言ってたからな。油断はできない。
驚かして怯えさせ、数の優位性を失わせるのが目的だ。戦闘不能にさせるのはでき得る限りキャブリの牙に任せたい。俺が直接手を出せばどんな間違いが起きるか分からないじゃん?
「どこから来るか分からないぞ! 警戒しろ!」
「そんなに緊張しなくても
俺だって人間の心理には慣れてるぜ?
幻惑の霧から頭だけ覗かせて剣を咥えて奪い取ってやる。すると傭兵は仰天して腰を抜かしてる。
こうしてやれば、普通に姿を隠したまま攻撃を受けるより精神的なダメージが大きい。魔獣に襲われていると実感するからだ。得体の知れない脅威も怖ろしいが、具体的な脅威もどんどんと精神に染み入っていき、身体を縮こまらせていく。
「なんだよ、これ!」
「本当に闇犬か? でかいぞ!」
「何やってんだ、魔法士! うわっ!」
ほら見ろ。俺を怖がり過ぎると警戒が疎かになってフィンたちにやられるぞ。
混乱したところへフィンや双子が斬り込んで戦闘不能にしていく。練習はしていなくても、戦闘慣れした冒険者なら勝手に相手の隙に付け込んでくれるだろう。
「好きにやらせるな! 魔法士、
おっと、あの男、闇系魔獣との戦い方を知ってるな。
「魔力を出し惜しみするな。まずは魔犬を片付ける」
そっちがそう来るなら俺もやり方を変えるぜ?
閃光魔法が撒き散らされて幻惑の霧を剥ぎ取られるが、今度は
「やれ」
オリファの野郎、耳打ちしてたな。何をやってくる?
「あの
相棒を狙う気か?
飛び出した男に
今度は
そこへラウディの
「やっぱりだ! はーっはっはっは! 何が『魔犬使い』だ!」
こいつ?
「怖ろしくも何ともない! 憐れなことだな! 見てみろ!」
気付きやがったのか?
「あの魔獣は人を殺せないんだぜ。当たり前だよな。人を殺せば魔獣として処分される。だから飼い主に人を殺すなって命じられてるんだ」
ちっ、さとられた。
「可哀相な魔獣だぜ。こいつの牙と爪と特性魔法が有れば俺たちなんて怖ろしくないのによ、人間社会で暮らすために封じられちまってるんだ。怖がる必要なんて欠片もない。こいつは俺たちを殺せないんだぜ!」
別にリーエが人を殺すなって俺に命じているわけじゃない。相棒は俺に命令なんてしないさ。家族なんだからな。
でも、最初に言われた言葉「人を傷付けちゃダメ」は俺が相棒と暮らすうえで一つの大事な指針になってる。何ら危害を加えないのはリーエを守ることができなくなるから無理だが、拡大解釈として人間を殺すのは自身に固く禁じている。それができなきゃ相棒とは暮らせない。それを奴は気付きやがった。
「さっさとやっちまえ!」
…………。
「なかなか上等な魔石を持っていそうじゃないか? そいつは俺が酒に変えて飲んでやる」
言ってくれるな?
「ついでにお前の飼い主も美味しくいただいてやろう」
やらせるか!
「キグノ、それは……、本当……?」
「ちょっと考えりゃ解るだろうが!」
「そんな……」
言うなよ。
「死ね! 魔獣が!」
盾の傭兵が剣を掲げて俺に迫ってる。
「キグノ! 人を殺しても……!」
言うな! それを言ったらお前が汚れちまう!
吠え声にリーエは口をつぐむがまた開く。
「死なないで!」
任せろ。こんな奴ら俺の敵じゃない!
練習はしてたんだよ。簡単だ。土を堅く堅く、密度を高めて凝集させる。それをイメージ通りに成形すりゃいいんだ。それだけのこと。
俺の両前脚の横、地面から土を集めて成形していく。それは形作られながら立ち上がって、一つのの形を成す。ふわりと横へと寝ると、まるで俺に翼が生えたようだろう? でも、これは翼じゃない。
「なにぃっ!」
俺の剣だ。
盾の男は剣を突き込んでくるが、翼のような剣を前で交差させて滑らせる。相手の剣は頭の上を擦り抜けていき、懐に入り込んだ俺は前脚で男を突き倒す。
仰向けに転がった男は、俺の咢の中に自分の頭が入っているのに気付いて情けない悲鳴を上げる。その悲鳴も途切れて消えた。恐怖で失神しやがった。
「そんな馬鹿な! なんだそれは!?」
傭兵団長、嘗めてただろ? 思い知らせてやるからな?
「あいつを仕留めろ! 闇犬にやられたなんて噂になったらミニング傭兵団の名折れだ!」
もう手遅れさ。俺に奥の手の一つを使わせたんだからな。
失神した男に前脚を乗せて悠然としていた俺は土魔法で成形した剣を翼のように開いて駆け出す。斬り掛かってきた傭兵の剣を左で弾き、右の刃の腹で横面を強かに殴り付けてやったら白目をむいて昏倒する。
さあ、今からお前らの自信も矜持も全て剥ぎ取ってやるぺろぺろり。
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