ジリエト商隊護衛(1)

「滞在登録の解除は終了です」

「ありがとうございます」

 あれ? 受付のお姉ちゃん、いつもみたいに徽章を返してくれよ。


 カウンターに顎を乗せてる俺の頭の上に疑問符が浮かぶ。思わず舌が引っ込んじまったじゃんか。せっかく愛想を振り撒いてたのに。


「指名依頼が入っているのですが、お受けになりますか?」

 ああ、そういうことか。って、え?

「はい? ノービスランクのわたしに指名依頼なんて入るのですか?」

 妙だろ?


 相棒はノービスランクに上がってる。なにせ対面契約で膨大な量の依頼をこなしている。登録当時こそ達成依頼数不足だったけど、今じゃ達成数は自慢できるほどだぜ。

 ここから上は大変だ。何か一芸秀でていないと、普通の冒険者はこのノービスランクかハイノービスで現役を終える。生き延びられればの話だけどな。ランクを一つ上げるのに相当のポイント数が必要らしいぜ。ランク上げに興味の薄い俺たちなんかじゃ到底無理じゃん。


「ご愛顧いただいているのですが、実は少し特殊な依頼主ユーザー様で、この度はあなたを是非にと」

「特殊……」

 腰が引けてるぞ、相棒。

「いえいえ、依頼内容はごく普通の商隊警護なのです。目的地もメレスティなのでそう遠くもありません」

「メレスティって確か魔境山脈横断隧道トンネルの手前の街ですよね?」

「ええ。ちょうど中隔地方を横断する形になりますね」


 行き先としては持ってこいというところ。西方を目指しているのだから非常に都合がいい。でも、特殊ってのはどうも引っ掛かるよな。


「その隊商主のジリエト様は、売り出し中の有名になりかけている冒険者を雇うのがお好きなのです。先陽せんじつ、お見えになられた時にあなたの噂を聞きつけて、今度の道行きにはどうしても警護に付いていただきたいとおっしゃってらして」

「わたしはただの治癒魔法士ですよ?」

「『魔犬使い』でもありますよね? どちらかといえば用があるのはこの子かも?」

 俺か?


 説明しながらお姉ちゃんは俺の頭を撫でている。舐めとくかぺろぺろ。


「戦闘向きでないわたしなどを雇ってがっかりなさいませんか?」

「依頼料を渋ったことはありませんし、無理を言われる心配はないと思います。優良な依頼主様です。おそらく有名になった時に、誰々には目を掛けてやったっておっしゃりたいだけなのだと思いますよ」

「そんな感じですか」

 変わった人間もいたもんだな。


 要するに、依頼を出して警護に付いてもらうが、基本的に何かを望んでいるわけじゃないってことだろ? 警護を必要とするような危険な道行きじゃないってんじゃないか。そんな奇特なことをする余裕があるのは金回りがいいんだろうな。


「キグノ、どうしよう?」

 俺は別にどうでもいいぜ。いるだけだろ?

「尻尾が立ってるんだから反対じゃないのよね? じゃあ、お受けします」

「ありがとう。きっと喜ばれますよ」


 まあ、最初は見世物にされるだろうな。そのくらいは我慢するぜ。


   ◇      ◇      ◇


「へんてこな依頼もあるんだね」

 冒険者としての浅い俺たちだからそう感じるだけかもしれないぜ。

「まあ、がっかりされたら仕方ないから、そのまま西に旅立っちゃいましょ」

 そうだな、相棒。


 期陽きじつの朝に正大門に赴いて、そこで待機している隊商の人間に問い掛けると、すぐにジリエト商隊の位置は分かった。こりゃ結構な有名人らしい。


「君があの『魔犬使い』か。よく来てくれた。依頼受領の報せがきた時は跳び上がって喜んだんだぞ?」

「……フュリーエンヌです。わたし、そんな名前じゃありません」

 おいおい、相棒はご機嫌斜めだぜ。

「ほう? 売り出し中は名前が通るほうが大切じゃないのか?」

「無用です。いつの間にかそんな異名が付いていたみたいですけど、わたしたちは戦闘系じゃないんです」

「なるほどなるほど。望まずして異名が付いてしまったタイプの冒険者なのだね? それはすまなかった。俺がこのジリエト隊商の主でキエル・ジリエトだ、フュリーエンヌさん」

 へえ、案外相手を思いやる依頼主みたいだな。


 だが、正直な感想を言えば、こいつ本当に商人なのかと思う。薄茶色の髪に焦げ茶の瞳はどこにでもいる雄だろう。ただ、どれだけ身体を鍛えてんだって感じだよ。それほど大きいわけでもない体躯には、筋肉がみっちりと付いてんじゃん。

 ほれ、リーエも呆れてるだろ? 今まで接してきた商人の中にはいなかったタイプだぜ。自分も腕に覚えが有るから、荒事師にも目を掛けようっていうのか?


「ご期待には添えないかもしれませんが、よろしくお願いします」

 同じ印象を抱いたみたいじゃん。

「いやいや、別に構わんよ。こっちから頼んでおいて失礼だったね。申しわけない」

「いえ、こちらこそ。彼はキグノ。ご存知かもしれませんが闇犬ナイトドッグです。それでも問題ないんですよね?」

「無論だ」


 片膝をついたキエルは俺の目を覗き込む。何がしたいのかは分からないけど、納得したように頷いてる。


「よろしく頼むよ」

 変に期待するなよ?


 たてがみを掻いてくるけど、あんたは舐めたくないぜ。なんか汗の味しかしなさそうで嫌じゃん。


 代わりに相棒の手を舐めとこうぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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