ザウバの豊穣祭(7)

 相棒と俺、ラウディが偵察から帰ってくると長蛇の列が出来上がっていた。


「さすが商店管理部ね。お客さんが落ち着くどころが増えちゃってる」

 確かにあのクッキーは飛び抜けた美味さだったもんな。

「うちも商業ギルドで二位は固いと思うんだけど」

 でもそろそろメシ時だぜ? 腹に溜まるものでいえばあのパンも悪くないと思うんだけど。

「あれ?」


 列を辿っていたら、その先が交易管理部の露店に繋がってんじゃないか? わお、なんてこった。顔を見合わせた俺とリーエとラウディは慌てて駆け戻る。


「手伝います!」

「ごめんね、リーエちゃん。会計を頼む」

「はい!」

 総出で右往左往してるじゃないか!

「どうしてこんなことに?」

「分からん。あれから減るどころか増え始めて、あれよあれよいう間にこんな有様だったんだ」


 売れ行きが落ち着いたのは、最初に興味を持った客がはけたからか。そこから人伝に噂が広まり、一気に押し寄せたとしか思えないな。


「やった! あの可愛い店員さん、帰ってきたぞ!」

「なんだよ、偽情報ガセネタ掴まされたのかと思ったぜ」

「並び直しだ。急げ!」

 そっちもかよ!


 どうやら相棒の噂も広まってたみたいだな。それでこんなに客層が幅広いのか。


「こんなペースで売れていったら在庫が足りなくなってしまう。だから菓子職人の皆には本気の調理に掛かってもらっているんだ」

「ほんとだ。速い」

 皮を焼く手付きが開店直後とは桁違いだぜ。

「見せるための速度じゃ到底間に合わない。申し訳ないが頑張ってもらってる」

「わたしも頑張ります」

 リーエの目の色も変わったな。

「まだまだいけるよ、ギャスモントさん。何人かは厨房に帰らせてうちの鉄板でも生産に掛かったからね」

「助かるよ、ティワンヌ」

「気にしないでいいわ。受けた仕事はきっちりこなすわよ」

 あっぱれな職人気質だな。


 皆が協力して露店が回り始める。額に汗しているが、表情は充実感に溢れているんだから全員商売人だよな。


「大変です、部長! 生クリーム生産のほうの氷の在庫が怪しくなりそうです。今のうちに対策を!」

「なに!? 氷か? 魔法士ギルドか、いや冒険者ギルドに依頼を出したほうが早いか?」

 魔法士の仕事だな。相棒も水系だけど、氷作りは苦手だもんな。待てよ?

「お水だけ段取りしてください! ラウディ、お願い!」

きゅい合点でやす!」


 運ばれてきた水をラウディが氷に変えていく。氷結弾フリージングブリッドが使えるんだから、氷塊アイスロックくらいは余裕だよな。

 これで生クリーム生産のほうも目処が付いた。どれだけ客が来ても怖くないってもんだ。


 あれ? 俺のやることがないぞ? もしかして役立たずか!?


   ◇      ◇      ◇


 そんな感じで目の回るような三陽みっか間が過ぎていった。

 俺も一応は列をうろうろして回って、トラブルになりそうなところで睨みを利かせていたんだぜ。図体だけでかい役立たずじゃないだろ?


「やりきった……。一応はでき得る限りのお客様には商品を提供したぞ」

「もうへとへとっすよ。本業でもこんなに疲れることないっす」

 お前も頑張ったな、フェリオ。

「うちの子たちにもいい修行になったわ。声掛けてくれてありがとうね、ギャスモント」

「いやいや礼を言うのはこっちのほうだよ、ティワンヌ。お陰で良い勝負ができた気がする。リーエちゃんもありがとう」

「少しはお役に立てたのなら嬉しいです」

 少しどころじゃないだろ?


 衛士隊が集計を集めて回ってんな。不正の余地がないとは言わないが、お祭りの余興だ。皆、商人の誇りに賭けて正々堂々とした勝負になっていると思いたいな。


「ぶ、部長! 勝ちましたっす! 商店管理部に結構な差が付いてるっす! 商業ギルドで一番っすよ!」

「本当か!?」

「やったー!」

 万歳だな。最高の結果だ。

「本当に助かったよ、リーエちゃん。君が知恵を出してくれたからこの結果が出せたんだ。やっぱりシェラードさんの娘だね?」

「ふ……、わあああーん!」


 皆が握手したり手を打ち合わせている中で、相棒はへたり込んで号泣しはじめた。人目もはばからずに涙を流してる。


「どうしたんだい?」

「嬉しい! 嬉しいんです! 父さんが生きてた! わたしの中で父さんはちゃんと生きていました!」

 ああ、シェラードも今頃喜んでるだろうさ。

「私も嬉しかったよ。リーエちゃんが、皆が幸せになるような商売じゃないと駄目だって言った時、シェラードが帰ってきたような気がして涙が零れそうだったんだ」

 親友だったもんな。


 相棒はギャスモントの胸で泣いてる。涙が伝染していってるが、そりゃ嬉し涙だ。結構なことじゃないか?


 見てるか、親父さん。


   ◇      ◇      ◇


 いいのか?

「表彰式が気になるの、キグノ? わたしはそんなでもないかな? だって、今はすごく幸せな気分だもん」


 俺が王宮のほうを振り返っていると相棒はそんな風に言ってくる。

 今頃ギャスモントたちはあそこで女王から表彰を受けてる。当然お声掛かりはしたんだけど断っちまったんだ。自分は商業ギルドに所属してるわけじゃないからってな。


「ねえ、わたし、父さんみたいな交易商人になったほうが良かったと思う?」

 無理だな。


 シェラードはあれでいて結構したたかな面もあったからな。リーエみたいな根っからのお人好しには向かない。


「もう! 尻尾下げて先をひょこひょこ振ってるってことは駄目って言ってるって知ってるんだからね?」

 おう、ばれてるじゃん。


 笑顔で抱き付いてきたから怒ってるわけじゃないな。さあ、冒険者ギルドで滞在登録を取り下げようぜ。


 その前に髪の匂いでも嗅いどくぜくんかくんかくんかくーんかくんかくんか。

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