いたずらな恋(5)

「ごめんなさいね、キグノ。今ちょっと大事な話をしているの」

 いやいや、ちょっと待てって、アローラ。手違いかもしれないから!

「あなたのこと、真剣に考えようとしていた私が馬鹿だったのかしら?」


 突然の愁嘆場に相棒は目を白黒させている。ただでさえジールの姿を見た途端に戸惑いを隠せず頬を赤らめていたのに、別の雌との関係、それも良くしてくれたアローラなのだからリーエは混乱の極に達していただろう。


「俺は何のことで責められているのかさっぱりなんだよ、アローラ。キグノも身体を割り込ませようとしないでくれ」

 待てって言ってんだろ!

「だって身に覚えのないことが手紙に書かれているっていうのは、誰かと勘違いされているってことでしょ? どちらの娘なのかしら?」

「いや、あの手紙は俺の本心なんだぞ。それを否定されるのは辛い」

 まったく始末に負えない二人だな。


 問い質すつもりだったのか、相棒が手に握っていた告白の手紙を咥えとる。戻った俺は一瞬だけ二本脚で立ち上がり、ジールの目の前に差し出した。


「なんだ、これ? って、これはアローラに渡した手紙じゃないか! どうしてリーエちゃんが持っているんだ?」

 いいかげん気付け、間抜け。

「手紙って?」


 アローラは、その間抜けの手から手紙を奪い取っちまった。それは読まないほうが……、いや、読んでいいのか。


「これ……」

「君には母さんからのお礼の手紙を渡しただ……、あ! アローラに手紙を渡したあの、リーエちゃんにも!」

 遅い! 頼むぜ!

「まさか、俺……」

「これを私に渡す予定だったの?」

「もちろん、そうだ。どうして僕がリーエちゃんに恋文を渡さなきゃいけない?」


 あの甘々な恋文を手にして震えていたアローラはその場にへたり込んだ。顔を覆って泣き笑いを始める。


「もう、あなたって人は何ておっちょこちょい……」

「参ったな。失敗だ」

 参ったのはこっちだぜ。勘弁してくれ。


 この二人には、町の衛士と治療院の魔法士っていうには濃すぎる匂いがお互いに付いてたのさ。俺から見りゃ、それなりに深い仲ですって公言してるようにしか見えなかった。なのにあんな手紙寄越す失敗をやらかしやがるから、骨折りする羽目になっちまっただろ?

 ほら見ろ。相棒がちょっと傷付いた顔してんじゃないか。


「もうこうなったら勢いだ!」

 ここは治療院の廊下なんだけどな?

「俺と結婚してくれ、アローラ! 絶対に大事にするから!」

「…………」

 無言で頷くな。ここは廊下だって言ってんだろ?

「こんな擦れ違いはもうたくさんだ。両親に話すから、今夜は俺に付き合ってほしい」

「はい」

 だからキスするんじゃない。ここは廊下だって言って……、もういい!


 愁嘆場から一転しての睦み合いに、リーエは口に手を当てて立ち尽くしてる。そんなにじろじろ見るもんじゃないぜ?

 俺は後ろに回ると、膝裏に軽く体当たりする。そうすると俺の背中に座る形になるから、そのまま輸送できるじゃん。


 お前も来い、ツウィンカ。

「そうよね。お邪魔だものね」

 いや、背中に乗らずに自分で歩け。

「えー、いいじゃない、リーエを乗せてるんだもの。変わらないでしょう?」

 変わるじゃん。


 俺は乗り物と化して治療室に戻った。


 しばらくしてから落ち着いた二人が謝りにやってきた。自分たちが起こした騒動の被害者にやっと気付いたか。

 頭を下げるアローラたちに相棒は「どうぞお幸せに!」と投げ捨てるように告げる。拗ねてやがるな。

 別にジールに惚れていたわけじゃないだろうが、掻き回されて腹を立ててるんだろう。すぐに大人な対応をするにはまだ若過ぎる。


   ◇      ◇      ◇


「発ってしまうのかね? 私としてはいくらでも居てもらって構わないんだけどね?」

 あれだけ払っておつりがくるくらいかよ、院長。

「お世話になりました。聞いた話では、今ならザウバの豊穣祭に間に合いそうなんで。ちょっと楽しみなんです」

「仕方ないね。気が向いたらまた来ておくれ」


 数陽すうじつ中の出発を告げるとやっぱり引き留めに掛かったコビントスだけど、旅を続けるつもりの相棒は止められない。


 時間を置いて、二人の熱々ぶりを見せつけられて落ち着きを取り戻し、送別会を兼ねた婚約披露会でも純粋な祝福を送ったリーエは満足げだ。アローラは結婚式にも誘ってくれたが、さすがにそこまで長居する気はないぜ。せいぜい幸せになってくれ。


「私、お姉さんになってしまうのかしらね、キグノ?」

 まあ、今まで通り構ってもらえないだろうぜ、ツウィンカ。どうせ長い付き合いになるんだ。子供ができたら頑張って世話することだな。

「そうよねえ」


 気ままな山猫娘にはいささか荷が重いか?


   ◇      ◇      ◇


 俺は尻尾を後ろへと伸ばしたまま、名残惜しげに振り返りしつつ、ラウディに乗る相棒を見上げる。


 ここなら落ち着いて暮らせたんじゃないのか?

「なかなか面白かったね、キグノ。ブロームスフィードなら住めそうな気もするけど、とりあえずはザウバまで行くって決めてたし、フラグレン様には紹介状をいただいているからゼプル女王国までは行ってみようと思うの」

 なるほどな。そのつもりなら長旅を楽しもうぜ。

きゅらる久しぶりにきゅいっきー走るでやんすよー!」


 ラウディ、そんなにとばすなすったかたったかたったかたー。

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