いたずらな恋(4)
「お腹減ったわぁ」
足音で誰が来たのかは分かってたが、いきなり背中に乗るのかよ?
「そこに貴方が居るんだもの」
駆け込んでくるなり俺の背中を踏み台にしたツウィンカは、卓の上に置いてあった干し肉に嚙り付きやがった。
なんで治療室の卓の上にそんなもんが有るかといったら相棒の人気のお陰だ。やってくる鉱員たちは何かと理由をつけて贈り物を持ってくる。それでリーエの笑顔を引き出したいのさ。
それとは別に俺の食い物を持ってくる奴らもいる。こっちは治療が済んでさっさと追い出されないよう、黙らせたいからだ。だから食うのに時間の掛かるものを持ってくる。干し肉とか魚の干物とかをな。
朝っぱらからなんでそんなに腹空かせてんだ?
「アローラが食事を出してくれなかったのよ」
怒らせたのか?
「そんなことないわ」
特に何事もなかったのに、あのお姉ちゃん、こいつの朝メシを出すのをすっかり忘れてたらしい。とうぜん寄越せと騒いだみたいだが結果は芳しくなく、腹を空かせたまま治療院までやってきたので、食いもんのある俺のとこに駆け込んできたって寸法だ。
そのままでいいから一個落とせよ。
「はーい」
で、なんでボーっとしてんだ、アローラは。
「解らないわ。
悩みがあるのか?
「んー、悩んでいるっていうより迷っているっていったほうが近いかしら」
ほう、そんな感じかはぐはぐぺろぺろ。
こっちはこっちで例の手紙の一件から立ち直ってはいない。平静を装ってはいるが、相棒の頭の隅には引っ掛かったままだろう。どっちかっていえば疑問しか浮かんでないみたいだけどな。そんな素振りなかったじゃん。
仕方ないな。こいつを食ったら動くぞ。
「待ってよぉ。お魚美味しい」
◇ ◇ ◇
俺が顔を覗かせると、アローラの治療室の患者は椅子から転げ落ちかける。相棒の部屋に居るのには慣れても、急にやってくると驚くか。
「あら、ツウィンカを送ってくれたの、キグノ。君は紳士ね?」
いや、こいつが降りてくれないだけだ。
なんで俺の周りの
「おおらかで優しい子にはクッキーをあげるわね」
クッキー!
「はい、あーん」
上手いぜぽりぽり。徳は積んどくもんじゃん。
アローラの膝に頭を擦り付けるついでに匂いも嗅いでおくくんかくんか。別にいやらしい意味はないんだぜ。ちょっとばかり確認の意味でだ。
それほど極端にじゃないんだけど、多少は薄れてきてる感じはするな。あれは気の所為なのか? どうにも腑に落ちん。ひとっ走りしておくか。
◇ ◇ ◇
鼻で風の声を聞きながら走ってたら、あいつの居場所が流れてきた。色んな匂いの入り混じった市場に居たからぎりぎりだったな。
「おお、キグノじゃないか。どうしてこんなところに?」
お前を探してたのさ、ジール。
「君のことは噂になっている。あまり人を驚かせてくれるなよ。いくらブロームスフィードでも、そこまで魔獣に慣れているわけじゃない」
それくらい分かってる。野暮用じゃなきゃ、相棒の傍を離れたりしないって。
だが、衛士のあんちゃんと一緒に居る奴はそれどころじゃないみたいだな。狼狽した様子で視線を彷徨わせてるぜ。
どうしたんだ、婆さん。
「気になるのか? 彼女が落とし物をしたから一緒に探してたとこなんだ」
「孫にもらった髪留めなの。大事にしてたのに、気が付いたら無くなっていて……。お願い、ジール」
「大丈夫だよ。もう一回通りを探そう?」
そういうことか。
俺は婆さんの匂いをしっかりと憶えると探りながら先導する。強い匂いを出す料理の露店は少ないから、なんとかなるだろ。
幸い、野菜をたっぷりと並べた露店の下から微かな
「ああ、私の髪留め! ありがとう! この子はどこのわんちゃん?」
「コビントス治療院に来ている治癒魔法士の冒険者の娘の飼い犬ですよ」
「そうなの? お礼をしなくては」
たいした手間じゃない。気にすんな。
「俺から礼は伝えておきましょう。良かったですね?」
「本当に嬉しいわ。何か食べたい、わんちゃん?」
ふいー、美味い肉串だったぜ。あの店主、憎いことをしやがる。あそこまで手の込んだ味付けするか普通?
おっと本題を忘れそうになっちまった。くんかくんか。確かに薄れてきてるが間違いない。でも、そうすると俺の気を惹こうともしないのは妙な話なんだよな?
だとしたら……、やらかしてないか、ジール?
◇ ◇ ◇
次の
おいおい、もしかして……?
「あのね……、私、最近トリメラおばさまに会った覚えがないの。お調子悪かったの?」
「ああ、ちょっとだけね。すぐに良くなったよ。でも、それがどうしたんだい?」
あっけらかんとした口調のジールに、アローラの顔色が変わっちまったぞ。
ヤバいぞ。落ち着け、アローラすりすりすりすーりすりすり。
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