いたずらな恋(3)

「おはよう、キグノ」

 よう、アローラ。

「君は本当に大人しいわねえ。格好良いし」

 お前もすごくいい匂いだぜ。


 アローラは相棒より成熟した感じがして雌っぽい。しゃがんで俺のたてがみに両手を絡め、顔を近付けてくるとなんともいえない香りがしてくる。人間の雌の放つ匂いに盛ったりはしないが、ずっと嗅いでいたいのも本当だなくんかくんか。


今陽きょうも可愛い妹を守る仕事を頑張ってね」

「違います! キグノのほうが年下なんです! わたしがお姉さん!」

 こだわるなよ、相棒。俺たちはそういう関係とはちょっと違うだろ?

「あらそう? 彼のほうが落ち着いているから、そんな感じがしちゃったわ」

「う……、それは否めませんけども」

「うふふ」

 大人の余裕で負けてるな。

なうーん仕方ないわ

 かもな。


 アローラの傍には猫が一匹寄り添っている。いや、猫と呼ぶのは語弊がありそうだな。そいつは氷雪山猫ブリザードリンクスだし。

 その辺をほっつき歩いている猫より一回りは大きい。白い毛皮に薄っすらと黄色の虎縞が入っているのも珍しいだろう。彼女は水系の山猫魔獣なのさ。

 普通は人里に居ることはないタイプの魔獣だけど、まだ若い頃に悪戯心でこの町に近付いたところ、罠にかかってしまったのをアローラに救われたらしい。

 それからは、患部を冷やしたり熱冷ましのための氷を提供するのに治療院でもずっと一緒に居るって話だ。


「アローラみたいに優雅な物腰は、大人の女じゃなくては出せないものよ」

 相棒にはちと早いか。

「雌は雄に見られ続けることで磨かれていくの。川の流れで磨かれて光沢を得る石のように」

 お前さんみたいにか、ツウィンカ?

「ええ。私の美しさを貴方も認めて、キグノ?」

 街中では目立つよな。


 確かに山猫ツウィンカの毛皮は綺麗だ。柔らかな身のこなしも俺やその辺の家畜とは違うな。


「珍しさでは貴方には敵わなくてよ。さすがにこのブロームスフィードでも、貴方みたいな大型肉食魔獣はいないもの」

 俺が闇犬ナイトドッグだって分かってても普通に出歩ける時点でここはおかしいんだよ。

「それはそうね。私だってここでなければ、すぐ毛皮にされているでしょうね?」

 だろ?


 怖れるでもなく、俺と鼻をくっつける距離で話し掛けてくるツウィンカ。肝が据わってるというよりは、自信があるんだろうな。他者の目を奪ってるっていう。

 その辺りも飼い主に似てるんだろうって思えちまう。


「今は物珍しさもあってリーエのほうが人気だけれど、皆すぐにアローラの本当の雌に魅力に戻ってくるだろうからみてなさい」

 心配すんな。そんなに長居はしないさ。


 気位の高いところも一緒だってのか? ツウィンカには大人の余裕ってやつがちょっと足りないな。

 俺の横腹にピンと尻尾を立てた腰を擦り付けていく山猫を見ながら、そんな風に思ってる。


 とか言いながら、こっそり俺に匂い付けしていくんじゃねーよ。

「うふふ、私のものだと主張されるのは光栄だって思いなさいな」

 言ってろ。


 こうして軽口を叩き合う相手が居るのも、ここの面白いところだな。


「もう大丈夫そうだけど、ツウィンカとも仲良くしてね、キグノ」

 見ての通りさ、アローラ。


 彼女の匂いには色んな雄の匂いも混じってる。それだけ近付いてくる雄が多いのは事実なんだろう。最近よく嗅ぐ匂いが混じってるのもそういうことなんだろうぜ。


   ◇      ◇      ◇


「痛い! 痛いよー!」

 泣き叫ぶな。子供の甲高い声は俺の耳によく響くんだよ。

「悪いな、リーエちゃん。たびたび割り込んでしまって」

「構いませんよ。だってジールさんが関わる件は急を要することばかりでしょう?」

「そう言ってくれると助かるね」

 いいからそいつをさっさと黙らせてくれ、相棒。


 ロッドリングを握り直したリーエは、少年の足に触れさせると治癒キュアを使う。それだけでぷっくりと腫れあがっていた足首はみるみるうちに元の太さへと戻っていった。


「良かったね、折れてなくて。骨が折れてたら何度も来てもらわなきゃならなかったのよ?」

 ただの捻挫だったか。

「すごいや、お姉ちゃん。もう痛くない」

「それでもしばらくは無理しちゃ駄目」

「いや、そもそも屋根から飛び降りたりする遊びは止めろ。そんなんで根性を示したってもてないぞ?」

 雄の子供なんてそんなもんだろ?


 少年は礼を言って行っちまった。料金はジールが親から受け取ってくれるからいいけどな。


「君だと早く片付くからつい頼んでしまうな。変な癖が付いてしまった」

「いいえ、お互いお仕事ですもの。遠慮はいりませんよ」

 相変わらず爽やかな笑顔だな、ジール。

「じゃあ、また頼む……、おっと、これを渡しとくんだった。時間が空いた時にでも読んでくれ」


 そう言いながら衛士のあんちゃんは手紙を置いていったな。なんだ?

 患者の列をこなしてから手紙を開いた相棒は、一気に真っ赤になって顔中汗を流し始める。な、なんだー!?


『我が愛しの君へ

 昨夜も君の夢を見た。毎晩のように君を想う僕の心を解ってほしい。

 君の瞳の輝きの中にずっといたい。君の美しい指が触れる相手に嫉妬してしまう。それを独占する男になりたい。そんなことばかり考えてしまう。こんな愚かな男を君は愛してくれるだろうか?』


 なぬっ! ジールの野郎、こんな手紙を!?

 落ち着け、相棒。魚みたいに口だけぱくぱくしてるぞ。


 とりあえず顔の汗は舐めとくぜぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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