ザウバの豊穣祭(1)

 メルクトゥー王国の王都ザウバが近くなると、街道の賑わい方が違うな。

 しかも時期的には一に二度の大きな祭り、新祭と並ぶ豊穣祭が間もなくっていうところ。人の多さはいつもの比じゃないだろう。


 東街道を南下してくると、まずは隔絶山脈横断街道にぶち当たるんだ。こいつは旧街道を整備拡張したもので、右に行くとザウバの西にある正大門へと東周りに迂回してる。そこで魔境山脈横断街道と合流して、正大門へと繋がっているのさ。


「すごい人でやんすね?」

 西からも東からも人間が集まってくるからな。

「こんな人間の群れ、初めて見たでやんす」

 街壁の中はこんなもんじゃないぜ。


 俺にしても六ぶりのザウバだ。朝晩の冷え込みで感覚は戻ってきちゃいるが、多少は変わってるだろうな。

 正大門をくぐるとまずは冒険者ギルドへと足を向ける。この習慣も板についてきたぜ。


「フュリーエンヌ様ですね。ようこそザウバへ。王都まで来てくださったんですね?」

 おー、こんなとこまで噂が伝わってんのかよ。お姉ちゃんたち、情報のやりとりしてんじゃないだろうな?

「あの、私のことをご存知で?」

「ええ、貴女が今売り出し中の『イーサルの魔犬使い』なのでしょう?」

「あはは……、そう呼ばれてるみたいです」

 相棒は閉口気味の顔している。


 リーエにしてみりゃ冒険者として名を売りたいわけじゃない。生活費を稼ぐ手段以上には考えていないだろうし、村の暮らしの頃を思えば働きもせずに旅するのも居たたまれない気がするんじゃないだろうか?

 俺は安全な旅のために障害を排除してるだけだぜ。結果として手に入る魔核や素材がメシ代になるのは余禄みたいなもんだ。そのうえ、討伐ポイントや賞金が相棒に入るのは単なるついでなんだけど、冒険者としての評価はそこが重要だときてる。

 その辺りを、この受付のお姉ちゃんに理解しろってのは無理かもな。


「じゃあ、君が魔犬なんだ」

 みたいだぜ。

「うふふ、よく慣れてる普通のわんちゃんにしか見えないのにね?」

 今は無害アピール中だからさ。


 受付台に顎を乗せて鼻をすぴすぴ鳴らしてる俺をお姉ちゃんは撫でる。

 どうやらギルドの受付嬢を味方に付けるのが今後の旅の助けになると気付いた俺は愛想よくすると決めたんだ。そもそもいい匂いがするじゃん。


 尻尾をぶんぶん振り回しながら気持ち良さそうに目を細めてたら、ギルド中のお姉ちゃんたちが集まってきたぜ。しめしめ。


   ◇      ◇      ◇


 今回は用事があるから、滞在登録だけ済ませたら依頼掲示板をすっ飛ばして街に出る。ここは当面の目的地だったからな。挨拶しとかなきゃいけない。


「お邪魔します」

 ここだここだ。

「憶えていてくださいますでしょうか? シェラードの娘のフュリーエンヌです」

「お……、おお! リーエちゃんじゃないか! よく来たね」


 商業ギルドメルクトゥー支部を訪れた相棒は名乗って面会を求める気だったんだろうが、当の人物は入ってすぐに見つかった。

 ザウバの交易管理部長はスリッツの部長さんと違って銀髪を綺麗に撫でつけた紳士なんだぜ。名前はギャスモント。ちびの頃から俺とも馴染みの雄だ。


「驚いた。どこの美人がやってきたのかと思ったよ」

「確かに可愛かったけど、こんな美人に育つとはね」

 他にも顔見知りがいるな。六くらいじゃそう顔触れも変わらないか。

「当たり前だろ? そう思ってたんだ。だって、俺、シェラードさんにリーエちゃんを商人に育てたら、客なんて向こうからいくらでも寄ってくるって言ったことがあるんだ」

 そんなこと言ってやがったのか?

「そしたら珍しくちょっと本気で説教されちゃったよ。あの子はあの子でちゃんと自分の道は選ぶってね。商人になりたがるならそのつもりで教育するけど、少なくとも容姿で客を釣るような商人には絶対にさせないって」

「当然だろうが! あのシェラードさんだぞ? そんなの冗談だって許すわけないだろ?」

「あんなにいい人がこんなに早くに亡くなってしまうなんて」


 急に空気が湿っぽくなっちまった。親父さんを慕ってくれてた連中は、皆が偲んでくれてるみたいだな。


「生前は父がたいへんお世話になりました。せめてご挨拶にと伺ったんです」

「本当によく来てくれたね」

 そんな優しい目で見つめて抱き締めるなよ、ギャスモント。リーエの瞳が潤んじまうだろ?

「苦労していないかい? 私を頼ってきてくれたんなら嬉しいが、その恰好は少し違うようだね?」

「ええ、今は冒険者ギルドに所属して流しの治癒魔法士をやっています」

「うんうん、君は素晴らしい治癒の力を持っていたもんな」


 独り立ちした様子の相棒を見るギャスモントの目は親父さんと同じ気持ちを宿してる。俺が知ってる中でも信頼できる数少ない人間の一人だからな。


「なんだったら専属の治癒魔法士をやってくれないか? うちの者は旅疲れも多いし、怪我をする者だっている」

「対面契約でしたらいつでも応じますよ。でも、それにはお断りしておかないといけないことが」

「なんだい?」

 言っとかないとな。

「すみません。黙っていましたが、キグノは闇犬ナイトドッグです。本来はこのような場所に出入りさせるべきではないのかもしれません」

「闇犬?」


 あんたなら大丈夫だろう、ギャスモント。俺の尻尾は期待に揺れてるぜぶんぶんぶんぶーんぶんぶん。

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