開拓村の魔獣騒動(5)

 予想通り、夜間の襲撃はなかった。眠りながらも俺の鼻に引っ掛かってくる匂いはないまま夜は明けたんだ。

 一度、村の中の様子を見回ったが、やはり夜の被害は無いという話だ。魔獣が侵入してきているのはほとんどの人間が開墾地へと出払っている昼間なんだろう。


 だから、俺たちは今村の外で遊んでる。座っている相棒の顔を舐めにいったら、たてがみを掴まれてごろんと倒される。されるがままに横に一回転したら、すぐさま起き上がってまた顔を舐める。

 そんな感じでひとしきり遊んでだら、ブラシを出して俺の毛を梳いてくれる。ラウディが羽繕いをする横で、相棒は俺の毛を梳いている。


 おっ! 変わったな。移動だぜ。

「移動するの? 遠い?」

 ちょっとだけだ。そのまま歩け。


 おれはリーエの尻を鼻先でつつきながら風下に移動する。

 ただ遊んでるんじゃない。常に村の風下に位置するように陣取りながら暇つぶしをしてるだけなんだって。


 相棒は移動中に枝を拾って手に持ってる。なんだってんだ?

 ちょうどいい位置に着いてから俺が座り込むと、振りかぶって放り投げた。枝はくるくると回りながら遠くに落ちる。俺とリーエはそれをずっと目で追っていた。


「何で拾いに行かないのよ!」

 いや、だって枝だぜ? コンロ有るから竈を作らなくたっていいじゃん。

「せっかく一生懸命投げたのに!」

 えー、ただの枝だし。

るらるるきゅるー拾ってくるでやんすか? るらるるきゅるー拾ってくるでやんすか? きゅるおいらきゅいっきー走るでやんすよー!」

「ラウディ、走ってっちゃった……」

 良かったな。拾ってきてくれそうだぜ。

「もー、なんでキグノじゃないのよー!」


 その後は、ちょっと不機嫌そうな相棒は何度も枝の遠投をして拾いに行かせてた。ラウディは楽しそうだからいいか。


 おっと、出番だぜ!

「ん? 来た?」

 おう、やっぱりこの匂いは熊だな。


 ラウディ、相棒を乗せろ。

「了解でやす!」

 ヤバそうだったらすぐに逃げろよ。

「任せるでやんす!」


 匂いのほうへ走っていくと、草原を転がるように黒い塊が接近してきている。それも結構な速度で村へと一直線じゃん。


「小さくない……?」

 小さいな……。

きゃるるー……小さいでやんす……


 取って付けたような開拓村の外周の柵の下をするりと通り抜けた黒い塊は、ぴょんと跳ねると一件の家にしがみ付いた。そのまませっせとよじ登ると、屋根の上を楽しそうに走り回ってる。


「子熊?」

 あー、あれ、フタツメクロクマの子供だなー。


 フタツメクロクマは木登りが得意な熊の仲間。木に登って果物を食うのが好きだ。雑食だから何でも食うが、太い枝の上で昼寝してたりもするから、木登りそのものも好きなんだと思う。

 そのために前脚の二本の爪だけ長く鋭く発達してる。比較的小柄なのも木登りに合わせてのことなんじゃないか?

 もちろん魔獣なんかじゃない。ただの熊だ。


「わー、引っ掻いてる!」

 屋根に樹の皮とか張ってあるから気になるんだろうな。

「屋根、剥がされちゃうね」

 こいつは呑気に見ている場合じゃなさそうじゃん。


 俺たちは慌てて村へと向かう。俺もラウディも悠々と柵を飛び越えて子熊のところへと走るが、その頃には子熊は家から降りて他に興味を移してた。


チャマ、追いかけてるよ!」

 マズい。さっさと捕まえないと。


 その頃になると、屋根を引っ掻かれた家の雌が悲鳴を上げながら別の家へと逃げ込んでいる。恐慌状態で、原因がどんな相手なのか見てる余裕もなさそうだな。

 こいつら、被害を受けるのに慣れてなさすぎだ。大きな農村で十分な安全管理を受けながら、のほほんと暮らしてやがったんだろうな。


 子熊のほうはチャマにじゃれついてる。逃げ回るから本能的に追いかけてるな。運が悪けりゃ爪が引っ掛かることもあるだろうさ。こいつなら野菜も齧るだろうな。これが真相か。


 捕まえるぞ。このままじゃ大事になる。

「キグノ、お願い!」

 分かってる。任せろ。


 俺は子熊を後ろから追いかけると、襟首を甘噛みして持ち上げる。


「やーん! いやー! はなしてー!」

 そうはいかないって。

「やなのー! もっとあそぶー!」

 ここはお前の遊び場じゃない。

「いいのー! もりのちかくだからいいのー!」

 よくない!


 ヤバい。悲鳴を聞いて村の雄連中が走って帰ってきてやがる。仕方ない。一編、隠すか。


「なに、このくろいのー。おもしろーい」

 あんまり暴れんな。幻惑が剥げちまう。

「くろいふわふわ、くっついてるー」

 それ纏っているうちは人間からも見えないから大人しくしてろ。


 俺は相棒に視線を飛ばす。分かるよな? 上手く誤魔化してくれよ?


「冒険者のお嬢さん、魔獣が出たのか!?」

「はい、それらしいのは確認しました。ですがキグノが追い払ってしまいましたのではっきりとは」

「そうか。被害もなさそうで助かった。本当にその魔獣は言うことをきくんだな?」

 半信半疑だったんだろ?

「もちろんです。討伐はしていませんので、もうしばらくは警戒が必要でしょう。わたしのほうで逃げた方向の森を今から探索してみます。体よく発見できれば良いのですけど」

「危険じゃないのか?」

「キグノとラウディがいれば問題ありませんよ」


 よしよし、上手いぞ、相棒。このままこいつを森に連れていけば解決だ。俺はまた子熊を咥え上げて、村の出口の方に向かう。


「あはは! もっとぶんぶんしてー!」

 なんだよ。揺らされるのが面白いのか?


 ぶんぶんしてやるから騒ぐんじゃないぞぶんぶんぶんぶぶんぶんぶん。

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