開拓村の魔獣騒動(6)
「ねーねー、もりにかえったらぶんぶんしてー」
分かった分かった。ぶんぶんしてやるから今はちゃんと掴まってろ。
「うん、ふさふさー」
小走りに森に向かってる俺の背中に子熊がしがみ付いている。このまま母熊のところに送還したいところだが、さてどこに居やがるんだか?
森の中に入ると空気が濃密になったような気がする。清浄な空気と獣の匂いが入り混じって気配全体が重く感じちまうんだ。
「坊やをどうする気?」
おいでなさったか。話が早くていい。
「返して」
そのつもりだが?
立ち上がった母熊は
ほれ、お袋さんのところへ戻れ。
「わーい、おかあちゃーん!」
「坊や、無事だったんだね?」
四本脚に戻った母熊は、子熊を身体の下に入れるようにして自ら前に出てきてる。まだやる気なんだな。
「どういうことなの?」
どうもこうも、そいつがあっちの人間の集落まで遊びに来ちまったから、とっ捕まえて連れてきたんだ。そのままにしたら殺される。
「ならどうして人間を連れているの?」
これは俺の相棒だ。一緒に旅をしてる。
「そんなことが……」
事実だから仕方ない。俺は人間社会で暮らしてんだよ。
「
訳ありでな。
俺は尻尾を高めに上げてゆっくりと振っている。まだ警戒は解くなの合図だ。これくらいならラウディはもちろん、リーエにだって伝わる。
「おかあちゃん、いぬのおにいちゃん、こわくないよ」
「そう、なのかい?」
「にんげんからかくして、ぶんぶんしてくれたのー」
いや、それは伝わらないだろ!
母熊の腰が下がる。その体勢から突進はできないから警戒を緩めつつあるんだろうな。
すると、その後ろからもう一頭の子熊が顔を覗かせる。
「あ、もう一頭いたのね?」
そうだと思ったぜ。じゃなきゃ子熊から目を離したりしないだろ、相棒?
どうせ動き回る一頭の子熊を見ているうちに、もう一頭が飛び出したのに気付かなかったってところじゃないか?
子熊は普通、母熊から離れたりはしないもんだ。だから先導するように餌を求めて歩き回るけど、二頭の子熊を常に視界に入れとくのは難しいじゃん。ちょっと油断した間にやんちゃな一頭が飛び出して見失ったりもするだろう。
「ええ、こっちの子は雄なんだけど特にやんちゃで、気付いたら居なくなってて。人間の集落で遊んでたって言うから叱ったのよ。でも、怖さが分からないみたいで困ってるの」
うーん、その時分のちびすけには難しいかもしれないな。あんたが気を付けるしかない。
「こっちの子は雌で離れたりしないから、この子のほうを見張っておくようにするしかないわね」
頼むからそうしてくれ。あの集落の連中はちょっと問題あってな。追い返すだけじゃ済ませてくれそうにない。
捕らえたネズミを殺して山にして放置するような奴らだ。子熊だって容赦しないだろう。そうなればこの母熊は怒り狂う。結果は明白。
ちゃんと犬くらい飼っておけば、子熊の侵入くらい簡単に防げるんだ。吠えられれば怖くなって逃げる。二度と近寄らない。その程度のこともできてないからこんな羽目になってる。
「迷惑かけちゃったわね?」
気にすんな。連中にも悪いとこがある。
「ねー、ぶんぶんしてよー」
おお、約束だったな。
俺は子熊の襟首を甘噛みして振り回す。何が楽しいんだか、歓声を上げて喜んでやがる。そうしているうちに、もう一頭の雌も羨ましそうに近付いてきた。
ぶんぶんしてほしいのか?
「してくれるのー?」
仕方ないな。
「きゃははは、たのしー!」
何で振り回されるのが楽しいのか分からんが、子熊たちはお気に入りらしい。
「
「子熊ちゃん、なでなで気持ち良いの?」
みたいだぜ、相棒。
母熊はもう完全に安心して寝そべって見てる。それは警戒を解き過ぎなんじゃないか?
言っておくが、この人間は普通じゃないからな。本当は怖い相手なんだから近付いたら駄目だぞ。ちゃんと憶えとけよ?
「でも、きもちいいー。もっとなでなでしてー」
「わたしもわたしも」
「これはマズい気がするでやんすよ?」
同感だ。
リーエが果物を出して与えそうになるのだけは押し留めとく。人間が持っている物の味まで憶えちまうと、もう取り返しがつかない。この子熊たちはそれを求めて集落に向かうようになっちまうだろう。
相棒が戻ってこないのを開拓村の人間たちが不審に思い始める前に帰らなきゃならないだろう。別れを惜しむリーエを急かすように裾を噛んで引っ張る。
気を付けてくれよ。
「ええ、頑張るわ。ありがとうね」
まだ明るいうちに村の傍に戻っておいた。
◇ ◇ ◇
次の
くんかくんか。おいおい、まさか?
「あそぶのー!」
ぜんぜん駄目じゃんかよー!
ラウディ、急げ。あいつを村に入れるなたったったったかたったかたったー。
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