開拓村の魔獣騒動(4)
一応、ひと通り村を見てまわったんだが、どうにも雑然とした感じがしていけない。開拓村ってのを差し引いても、本当に環境の整備が進んでいるのかが怪しく思えちまう。犬の俺が言うのもなんだけどな。
「畑のほうは管理できてるように思いますけど、村のほうはちょっと手が回ってない感じですか?」
「うん、なにせまず収量を上げないことには儲けがなくて村の整備に回せないんだ」
バランス悪いだろ?
「わたしも専門家じゃないのではっきり言えませんが、開墾の広さに比べて設備の充実が追い付いていっていないと思えてなりません」
「開拓中なんだから仕方ないんじゃないか?」
それで何でも片付けようとしてないか?
戻ると、村長の家の前でまだ喧々諤々やってやがる。不安でいっぱいだぜ、俺は。
「お話は纏まりましたか?」
「うむ、頼もうと思う。ただ、あんたはともかくその魔獣までどこかの家に入れるわけにはいかん。村の外にいさせてほしい」
「構いません。夜番もあるので、わたしもキグノもラウディも皆村の外で寝泊まりします」
付き合わせて悪い、相棒。
「この対面契約書にサインだけお願いします。それで契約成立とします。金額は依頼達成後にしましょう」
「あんたがそれでいいなら私は構わんぞ」
村長のクーダスンが契約書にサインを書き入れる。信用してる気配はなくて、上手くいけば儲けもんくらいの感じが否めないけどな。
「確かに。それとこれは忠告ですけど、魔獣対策用の積立金はお急ぎになられたほうがいいと思います。今後も似たような事態は起きると思いますので」
「魔獣対策用の積立金? 何じゃね、それは?」
「へ?」
さすがにリーエも変な声を上げた。こいつら、魔獣対策積立金を知らないのか?
農場には関与してない相棒だって、村に住む以上は払ってたんだぜ。どこの村や町だって魔獣の襲撃の時に対応してくれる冒険者を呼ぶ金くらいは積み立てとくもんじゃん。
「……あの、こちらに農地運営や集落運営の経験者の方は?」
「おらん。私らは南の大きな村の農地で働いていた使用人ばかりじゃからな」
おおお、こいつは衝撃の事実じゃん。
「開拓村の話があって、使用人の中から賛同した者が集まってここで開拓を始めたんじゃ」
「もしかして、害獣対策や魔獣対策は……?」
「そんなのは地主さんがやってくれてたんじゃろう。私らも勉強しなきゃならんが、今は開墾が最優先じゃで」
これで全てに合点が入ったぜ。
ここの連中は、畑の作り方は知ってるが、他のことをさっぱり知らないような人間ばかりだ。だから肝心な部分が欠けてるのさ。これまで何も考えずに呑気に使用人やっていたのが、いきなり運営にまで手を出して何もできないでいるわけ。
相棒も唖然としたまま、依頼の了承だけしてその場を後にした。
◇ ◇ ◇
村の外に出ると周囲の環境がよく分かる。平野なのは開拓村周辺だけで、周りにはこんもりとした広葉樹の森を持つ丘が三つは見えてる。そのどれかが魔獣の棲み処なんだろう。
いや、正確にいうと三つともに何がしかの魔獣が住んでいるのは間違いない。ただ村にちょっかいを掛けている魔獣が住んでいるのがどれかだという話なんだ。
「キグノの旦那、ご主人が夜の番って言ってやしたが、おいらは夜は使いもんになりやせんぜ?」
お前は夜目が利かないからな。
「お任せするでやんす」
ああ、俺なら夜目が利くし匂いで接近は察知できるから心配いらない。相棒が魔法具ランプを持ってるから、もしもの時は見える範囲で迎え撃ってくれ。
「了解でやんす」
それに夜の襲撃はあまり心配しなくていい。
「なぜでやんしょう?」
ありゃ熊だ。
村で痕跡を巡ってる。齧られたっていう野菜は処分されてたが、引っ掻き傷や屋根が剥がされたって場所も嗅いでまわった。そこに残ってたのは熊の匂いだったのさ。
連中は昼行性だ。夜目が利かないこともないが、基本的な活動時間は昼間に限られている。
「それならゆっくり眠っても大丈夫でやんすね? 旦那の鼻は確かでやすから」
ああ、基本的にはな。一応は気にしておくけど。
「はぁー、いい匂いでやんす。この匂いならおいらでも嗅ぎ分けられやす」
お前、本当に好きだな。
今、魔法具コンロの上でぐつぐつ煮立っているのは、煮物の残りの汁に洗った大麦を入れたもんだ。調理した料理を食わないセネル鳥が、こうして炊き上げた大麦だけは好んで食うのさ。
確かに汁を吸ってふわりと炊き上がった大麦は舌がとろけるんじゃないかと思うくらい美味い。ラウディが俺と同じように感じているのかどうかは分からないが、好物が一致しているのは面白いな。
「最高でやんすよー! 幸せでやんすー! ご主人に一生尽くすでやんすー!」
大袈裟だな、お前。
「旦那にも感謝するでやす。あの時勧誘してくれてありがとうでやんす!」
安上がりな奴だな。
俺はラウディみたいにがっつかずに、器の中身をゆっくりと味わって食う。一緒に食事してる相棒が、時々視線を合わせては微笑みかけてくるのに耳をぴくぴくとさせて返しつつ、ゆっくりとだ。
その後は毛布にくるまったリーエを俺とラウディで挟んで眠る。温かさに顔を緩め、幸せそうな相棒の顔を眺めながら眠る。
ついでに匂いも嗅いどくぜくんかくんかくんかくーんかくんかくんか。
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