冒険者フュリーエンヌ(2)

 宿場町の旅宿であれ、なかなか犬までは泊めてくれない。俺は外でも構わないんだけど、相棒は頑としてそういうところには泊まりたがらないときてる。

 それにしたって一匹と一人のことが多い。なにせ俺は闇犬ナイトドッグだから魔獣除けが設置されてる夜営陣は横を通り過ぎるのが精一杯。

 必然、夜営陣以外の場所で夜営するんだが、そんな危険と考えられる場所で夜明かしする人間など他にいるわけもなく、基本的に水入らずになる。俺の匂いを嗅ぎ取って近付いてくる魔獣なんぞそうは居ないから安全なんだけどな。


「あー、どうしよう。お金に困るとか思いもしなかったなんて、やっぱりわたしって子供だったんだね?」

 ほんとは困らなくてもいいんだけどな。親父さんの遺産で食い繋ぎつつ、ゆっくり考えれば。

「野草中心の、お野菜多めの生活かなぁ」

 なんだとう!

「そんなに尻尾を垂らさないでよ。冗談だって」

 勘弁してくれよ、相棒。


 街道脇で若い娘がうんうん唸っていればどうしても旅人の目を集めてしまう。とはいえ、横目に通り過ぎるだけだけどな。

 俺はその視線が、そんな好奇の目の一つだと思っていたんだが、どうやら勘違いだったらしい。


「えっと、フュリーエンヌさんで良かったよね?」

 こんなとこに知り合いか? 確かこの匂いは……。

「わ、びっくりした! ノインさん?」

「憶えててくれたんだ。あの時はお世話になったね。本当に美味しかったよ」

「そんな。余りもので申し訳ありませんでした」

 おお、あの冒険者か。


 湖畔のピクニックの時に出会った、ちょっと風変わりな冒険者の青年じゃん。どうも俺の正体に気付いている感じがしたから、さっさと行ってくれて安心したけど再会するとはな。


「知り合いか、ノイン?」

「以前にちょっとね」

 三人も連れがいるじゃないか。今回は冒険者っぽい感じだな。

「ほんとに? 可愛い娘だから探してたんじゃない?」

「違う違う! ずっと西のほうの村の子なんだから、こんなところで会うとは思わなかったさ」

「疑わしいもんだな」


 軽口の応酬をしてるな。ずいぶん親しげだけど、前は確か単独ソロだったはずじゃん?


「初めまして。わたしはフュリーエンヌ。リーエって呼ばれてます」

「ホルコース。剣士だ」

 口数少ない茶髪の兄ちゃんは剣士か。それっぽい身体つきしてるもんな。

「私はフリュンク。女だてらに盾士シールダーなんて珍しいでしょ?」

「いえ、冒険者のことは詳しくなくって。そうなんでしょうか?」

「まあね」

 でも、ムキムキの姉ちゃんってのは田舎もんから見れば珍しいな。

「僕はドメイブ。見た通りの魔法士だ」

「そうなんですね。わたしも一応魔法士の端くれです」

「そうだったのか? 早く言ってくれればよかったのに。ノインは呑気者なんだから」

 なんだ? 魔法士ってのは数が限られるから仲間意識が強いのか?

「で、僕がノイン……」

 お前は知ってる!

「何だよ。最後まで自己紹介させてくれたっていいじゃないか、君」

「彼はキグノです」

「へえ、キグノっていうんだ。よろしくね?」

 よろしくな。あいかわらず胡散臭いが。


 俺が吠えたのを、ツッコミだと分かってやがるな。間違いなく魔獣だって気付いてるぞ。それも人語を理解してるのも知ってんな。


「あの……、彼は闇犬ナイトドッグですので、冒険者の方々だと一緒にいるのは不快に感じられるかもしれません」

「へ? 闇犬ナイトドッグ?」

「そ、そうなの?」

 そんな反応だろうな。気にせず行って……。

「へえ、言ってしまうのかい、リーエ?」

「はい、もう隠してません。お気付きになっていたんですね?」

「一応ね。僕はそれより君のほうが気になるよ。少しやつれたんじゃないかい?」

 目敏いな。


 顔を曇らせる相棒に、黒髪緑眼の冒険者の兄ちゃんは問い掛けるような視線を送ってきやがった。仕方なくこれまでの経緯を語ると、大きく空気が変わったみたいな感じじゃん?


「そんなにひどい目に遭ったのね、可哀想に! お姉さんの腕の中で泣いてもいいのよ!」

 お前が号泣してんじゃないか!

「もう終わったことなので」

 ほどほどにしてくれ。相棒が抱き潰されそうじゃないか。

「ダメよ。悲しい時は思いっ切り泣いていいの!」

「いっぱい泣きました。でも、泣いてばかりじゃいられないので」

 心は弱くないが、身体は弱っちいから力を緩めてやってくれよ。

「フリュン、苦しそうだからそれくらいにね。なるほど、あれからそんなことが……」

「はい。でも今は前向きに生きていくって決めたんです。だからキグノのことも隠しません。それで離れていく人はもう諦めるしかないって」

「なんてけなげなの。お姉さんが養ったげる」

 面白いな、この姉ちゃん。

「そんなわけには。でも、ちょっと困っているのは本当ですけど」


 リーエは色々と試してみたものの、収入を得る手段が失われているのを相談する。自分の技能を活かす道を見失っていると。


「お姉さんの妹になって?」

 いや、それはいいから!

「なんだ。そんなことで悩んでいたんだ。解決するのは簡単さ」

 お? 名案があるのか、ノイン。

「わたしにもできるお仕事があるんでしょうか?」

 もったいつけてないで教えろよ。


 期待に尻尾が反応しちまうだろふぁさふぁさふぁさふぁっさふぁさふぁさ。

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