冒険者フュリーエンヌ(1)

 ぶっちゃけた話、旅を続けるのには経済的不安はない。


 家財を売った資金もあれば、相棒自身の貯えもある。大きいのは親父さんが貯えていた私財だ。

 それは商人として運転資金を意味するのだから桁が違う。本来は商品を購入して運び、再び仕入れに使う資金。情勢に応じて商品は変動する以上、余裕を待った運用をしているもんだ。


 そういった運用ができないリーエのもとに転がり込んできたのは、それらが全て清算された現金なもんだからちょっとした財産になる。

 でも、有るのなら使えばいいと考えないのがフュリーエンヌという娘なんだな。自分の物と思わず、でき得る限り温存して、いざって時のために置いておきたいらしい。シェラードが遺してくれたのだから大事にしたいみたいだ。


 しかし、そうなると悠長にはしていられない。旅をするにも稼ぎながらじゃないと、いずれは遺産にも手を付けなくちゃならなくなる。

 稼ぐなら自分の技能を活かさない手はない。相棒なら治癒魔法士として稼ぐのが順当だろう。


「どのくらい収入があればやっていけるんだろうね。まず、お肉に関しては心配いらないでしょ? キグノが狩りで仕入れてくれるもん」

 お任せあれ。

「任せろっていうのね?」

 なに! 通じた、だと?

「そんなに激しく尻尾振らなくても分かるから大丈夫よ」

 くっ、こいつの仕業か。

「分かりやすーい」


 うう、自制しているつもりなのに、こうも露骨に見破られたら恥ずかしいじゃないか!


「でも、お肉だけじゃ駄目だもんね? わたしも勉強して野草とか詳しくならないと。そうすれば無駄な殺生をせずに済むでしょ?」

 お前は優しいもんな。

「もしかして採集上手になったら、お野菜多めの健康的な食生活にできるかも」

 お、お野菜多めか……。

「えー、そんなに嫌なのー?」

 げっ、どうしてそれを!?

「そんなに尻尾垂らしてしょんぼりされると傷付く。キグノにも長生きしてほしかったのに」

 またしてもこいつか。どうして俺の意思に従わないんだ。

「仕方ないからお肉中心で考えるね。でも、ちゃんとお野菜も食べるのよ」

 まるで子ども扱いだ!


 重ね重ね、何という醜態をさらしてくれたんだ、この尻尾め。ちゃんと持ち主の意思を汲んだ反応をしろよ。あまり勝手をするようなら俺にも考えがあるぞ?


「ほんと面白い。どれだけお澄まししてたって、全部尻尾に表れるんだもん。人間っぽいところもあるけど、やっぱりわんちゃんよね?」

 おおお、これは恥ずかし過ぎるぞ!


 よくも持ち主に恥をかかせてくれたな。お前なんぞこうしてやる。噛みつきの刑だがじがじ。

 決して逃がさないからな? どこまでも追いかけて償わせてやる。逃げるなこの野郎!


「あはは、何くるくる回ってるのよ、キグノ。自分の尻尾はどれだけ追いかけたって捕まえられないよ? あはははは!」

 はっ! 俺はいったい何を!? 一瞬、何も考えられなくなってたぞ?


 ああ、情けない。耳まで垂れちまうぜてろん。


   ◇      ◇      ◇


 働くなら、相応の互助組織に属するのが近道だろうと考えるのが普通だな。相棒みたいな魔法士なら、当然魔法士ギルドになるわけだ。


 聞いた話じゃ、一応は国際機関である魔法士ギルドだけど、冒険者ギルドほどは国際的な活動はしていないみたいだ。むしろ国ごとの支部で手柄を競い合っているような関係。横の繋がりには乏しいと言えるんじゃないか?

 でも、体裁上は互助組織なわけだから、属しさえすれば稼ぎにはありつけるだろうとリーエは考えたし、俺もそう思ってた。


「登録したいのかね? ここでいいよ。治癒魔法士? 仕事は少なくないから斡旋は難しくないね」

「やっぱり。よかったです」

 稼ぎ口が見つかったな。

「でも、斡旋するからには、こちらから要請する研究開発や実験にも協力してもらうから、どこかの都市に腰を落ち着けてもらえるかな」

「はい? あの……、基本的には旅暮らしになると思うんですけど……?」

「それだと登録してもこちらからの要請ができないではないか。自身の利益だけ求めるのは虫が良すぎるとは思わんかね?」


 非難の目を向けられて相棒は消沈する。ギルドの都合を優先する勝手な道理に聞こえるが、筋が通っていなくもないじゃん。互助組織なんだから助け合いが当然だって? そこには国や地域同士の競い合いが見え隠れしてんぜ。


 まあ、稼ぎの案も一つだけじゃない。もう一つに賭けようじゃないか、リーエ。


「うちの治療院で治癒魔法士として働きたい? 君みたいな若くて可愛い子は歓迎だね」

「お願いできますか?」

 こいつは決まりか?

「とりあえずは見習いから始めてもらわないといけないんだけど、いつから来れる?」

「は? あの……、一陽いちにち二陽ふつかで構わないんですけど……」

「何を言っているんだね? こちらも商売だ。或る程度安定した勤務をしてもらわないと困るんだがね? 子供の遣いじゃないんだから」


 もっともな言い分だけど、こちらの都合など全く頓着してくれない。それが仕事だと言われてしまえばそれまでなんだけどな。


「はぁ、わたし、治癒魔法士って需要あるんだと思ってた。自惚れだったみたい」

 需要が無いわけじゃなさそうだが、仕事にするには色々と制限ありそうだな。

「恵まれてたんだ。考えが甘かったわぁ」


 落ち込むな、相棒。そら、お前が大好きな腹毛わしゃわしゃをさせてやろうごろごろん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る