聖騎士伯フラグレン(6)
「きゃーははは! くすぐったいからやめてー!」
黙ってろ。ひとの頭の上に堂々と立ちやがって。なんだ? 征服欲か?
「そこに高いところがあれば登ってみたくなるものなのー!」
馬鹿にしてるだろ? そんな奴はこうしてやる。
前脚で押さえ付けられたカーティアが逃れようとじたばた暴れてる。逃がしてなんてやらないぞ。
俺のでかい舌でべろんべろんしたら、身体の半分くらいは一気に舐め取れる。それでもがいてるわけだ。
こいつら猫はほとんど匂いがしないからな。俺色に染めてやるぜ、ふっ。
「毛繕いしてもらってるの? よかったわね、カーティア」
よかったね、とさ。
「
「あはは、仲良しね?」
仲良しだとさ。
「
往生しろ。
婆さんと相棒が穏やかな視線を向ける中、黒い毛皮を存分にざらざらの舌で櫛削ってやった。毛繕いは愛情表現だろ? 悲鳴なんて聞こえないぜ。
「ところで、あの方はどなたなのですか? フラグレン様のお母様にしては似ていらっしゃらない気がするのですけど?」
そういえば肖像画が飾ってあるな。貴族の流儀は知らないが、こんな居室に先祖を飾るものなのか?
「ああ、あの子? 彼女は血族ではないのよ。でも、わたくしにとっては家族より親しい子」
「そんな方がいらっしゃったんですね?」
「成果だけ問えば、わたくしと同じくらい有名でなくてはいけないのだけれど、彼女の名が歴史に残ることはないのよ。記録上は単なる部下とされてしまうの。貴族ではないという一事だけで」
人間ってそういうの大事にするよな。
「そうなのですか」
「彼女の名はアルギナ。叛乱軍を制圧する時も、王国が脅威と感じる魔獣を討伐する時も、いつもわたくしの傍らにいた子。剣の修行をしていた頃からずっと一緒だったのよ?」
「人生をともに歩んでいらっしゃったのですね」
リーエの言葉にフラグレンは笑みを深めてる。そんな風には見えないが、本当はすごい剣士なんだよな。
「ええ、決して手本となるような剣士ではなかったわ。名が知れ渡らなかったのはその所為もあるかもね。でも、身体は小さかったのに一瞬のひらめきではとても及ばない天才肌の剣士だったの。何度も命を救われたわ。彼女がいなければわたくしはこの地位まで届かなかったでしょうね?」
そこまでか。
「戦場で肩を並べられていたのでしたら、アルギナ様もそう思われていたのではないですか?」
「そうね。わざわざそんなことを言わなくてもいいような気の置けない仲だったの。かけがえのない、とても大切な相棒」
あんたにも居たんだな。
「二
「本当に大切な方だったのですね?」
「だからあなたの気持ちはよく解るのよ、リーエ。キグノと一緒にいられるなら、他の何もかもを投げ打っても構わないと思える気持ち」
相棒は驚いた面持ちで婆さんを見てる。そこまで理解されているとは思わなかったんだろうな。
「ありがとうございます」
感激して頬が赤らんでるぞ、リーエ。
「でもね、正直なんの障害も無くあなたがこの子と暮らせる環境は、王国内にはないだろうと思えてしまうの」
「ですよね。見るからに肉食魔獣だと思えるキグノを許容してくれる環境なんてそうは無いと覚悟しています。でも、わたしは諦めるつもりは欠片もありません」
フラグレンは相棒の言葉に微笑んで大きく頷いた。
「チャムお姉様の……、ゼプル女王陛下のところへ行ってみない?」
「え、ゼプルって神使の一族の方々のところにですか? ご存じなのですか?」
「ええ、わたくしの剣の師匠はあの高貴なるお方なの。正しく導いてくださった大恩あるお方よ」
おお、何かすごそうな名前が出てきたな。
「西方の最北に国を構えていらっしゃるわ。そこでは神使のお方も人族も獣人族も魔獣でさえ分け隔てなく暮らしているって噂よ。とても長い旅になるでしょうけど、そのつもりがあるなら紹介状を渡します。わたくしのことを憶えていてくださるかは分からないけれど、名前くらいは通用するはず」
「長旅なんてへっちゃらです。キグノと一緒にいられるなら」
「もちろん、それまでに住めそうな場所が見つかれば良いのだけれど、目指してみる価値はあると思うの」
希望を見出した相棒は、婆さんに言葉を尽くして感謝を表している。少しは目処がついたみたいで助かったぜ。俺も感謝してる猫ぺろぺろ。
「止ーめてー!」
◇ ◇ ◇
俺には新しい首輪だ。少し太めだが、金属板と鋲が打ってあって首の急所を守れる代物。
相棒には革製の
「こんな高価そうな物までいただいてしまってありがとうございます」
「旅するなら或る程度の装備は必要なものよ。ゆとりがあれば自分に合った物を買い揃えていきなさい」
一理あるな。
「それに、この子が倒した
もうちっとは値が張りそうな気がするな。
「あなたの前途に幸多からんことを」
「はい、頑張ります!」
世話になったな。
「あの……、犬用の鞍って……?」
まだ言うか、相棒!
そんな奴は太腿ぺろぺろの刑だぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます