ステインガルドの危機(7)

 相棒は朝からありったけの反転リングに持ち出せる家財を収めている。昨夜は遅くまで消火に駆け回る音が聞こえていたし、精神的に参ることが連続したからろくに眠れないんじゃないかとも思ったんだけど、ちゃんと寝息は立てていた。

 今朝も妙にすっきりした面持ちじゃん。どうやら俺が魔獣だって秘密は心のどこかで引っ掛かってたんだろうな。あと五もすりゃ老いを感じさせない俺を不審に思う人間も出てきただろうしな。


「本当に出ていくつもりなんだな」

 あんたは寝てないって顔だな。

「はい、伯父さん。わたしはもうこんな村では暮らせません」


 クローグも使用人を使ってほうぼうの家の消火活動に勤しんでいたんだろうな。当面は魔獣の襲来は無いだろうが、再建には時間が掛かりそうだ。


「考え直さんか? 話し合いの余地はあるはずじゃないか?」

「わたしはキグノと自由に暮らしたいだけです。でも、ステインガルドの皆さんはそれが一番我慢できないんでしょう? でしたら話し合っても無駄です」

 根本的な部分だもんな。

「譲れないか……。シェラード兄さんが帰らぬ人となった以上、俺もお前には責任があるつもりなんだが」

「いいんです。伯父さんがわたしよりシンディさんやシェルミーが大切なように、わたしにはキグノのほうが大切なんです。それだけのことなんですよ?」

「お前だって家族だと……」


 リーエは首を振って応えてる。無理があるよな。この意識の溝は埋めきれないさ。相棒が家にいる間だってあんたは守れなかったんだぜ。


「この家は伯父さんに差し上げます。父さんが建ててくれた形見だけど、持っていくわけにはいきませんから。せめて大切に使ってやってください」

「そうか」

「それと一つだけ」


 手を止めた相棒は振り返って真摯な眼差しをクローグに向けている。


「父さんが言っていました。キグノがいなくなったら、この村は魔獣の襲撃を受けるだろうって。お気を付けて」

「それじゃ、村を守っていたのは……!」


 リーエはもう全てを語ったと言わんばかりに寝室へと入っていった。そんな顔をしたって手遅れだぜ。


 相棒、犬の前脚だって片付けに役立つか? ……おう、背中を物の仮置きに使うのかよ?


   ◇      ◇      ◇


「ごめんなさい、モリックさん。できればお手伝いしたいところなんですけど」

「気にしなくていいよ。とりあえず寝起きできるくらいまで直すだけだから」


 託児院は屋根の一部とその下の調度を焼いただけで済んでるな。雨が降れば困るだろうが、それほど差し迫ってもいない。


「それと、今後は気を付けてあげてください。わたしは治癒しにきてあげることができません」

 怪我とか病気とかすんなよ。

「それもあまり気にしなくていいさ。たぶん基金本部はステインガルドから撤退を決定する。僕もそう申請する気なんだ。ここは設備も足りないし、危険だってね」

「そうなんですか」


 さすがに相棒も少し塞ぎ込む。


「わたしの所為でコストーたちも生まれ育った場所から出なくてはいけなくなってしまったんですね?」

「それが子供たちのほうが腹に据えかねていてね、アルクーキーに移動するだろうって言ったらすぐ賛成の声が上がってしまったんだ」

「困った子たち」

 まったくだぜ。


 リーエがくすくすと笑っていたら、当のクストーたちがレイデに連れられてやってきた。


「もう行っちゃうの、リーエ」

「ねえねえ、ルッキたちもアルクーキーに行くんだって! お菓子いっぱいあるかなー?」

「あるかなー?」

 もうそっちに興味が移ってるのかよ!

「あるわよ。でもお菓子ばっかり食べちゃダメよ」

「うん!」

「お友達もいっぱいいるから寂しくないよ」

 アルクーキーの院はでかいからな。

「でも、リーエやキグノとお別れは寂しい」

「わたしも三人とさよならするのは寂しい。でも、キグノとお別れするのはもっと辛いから一緒に暮らせる場所を探すね?」

「うん、そのほうが幸せになれるもんね」

「元気でね」


 ちびすけたちは希望に満ち溢れてんな。心配なさそうだぜ。


   ◇      ◇      ◇


「おっ! もう出ていくのか?」

「あ、皆さんももう戻られるのですね?」

「仕事は済んだからな」


 柵から外に出たところで冒険者五人が追い付いてきた。妙にいい顔してやがるじゃないか? こいつは相当いい稼ぎになったな?


「とても長居できそうにないので。準備しているだけでも村の人の視線が痛くて」

「こんな辺鄙な村で魔獣と暮らすのは難しいだろうな。頭が固いんだ。口には出さなかったが、俺たちもさっさと出ていってほしい風だったし」

 そいつは業腹だろうな。

「ごめんなさい。お世話になっておきながら」

「嬢ちゃんが謝ることなんかないって。義理堅いな」

「構わないのよ。それよりありがとね、わんちゃん。たんまり稼がせてもらっちゃったわ。炎狼ヒートファングの毛皮はいい値で売れるのよ。装備を新しくできちゃう」


 本当に嬉しいのか、槍使いの姉ちゃんはわざわざ馬を降りてきて俺にキスしやがった。そんなに儲かったか?


「じゃあ、気を付けていきな。もっとも、そのバカみたいに強いわんころと一緒なら怖いもんなんてないだろ」

「はい、キグノと一緒ならどこでも大丈夫です」


 五人は手を振りながら小道を馬で駆けていった。


「キグノ、でれっとしてる」

 うわ、何言いやがる、相棒!


 ほら浮気なんてしてないぜぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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