ステインガルドの危機(8)

 妙に上機嫌だから拍子抜けだぜ。昨夜だって、馬車を使わない夜営は初めてとかいってはしゃいでたもんな。


 家の物を整理して反転リングに詰めるのに時間を食って、結局出発は昼の二の刻午後二時半になっちまった。相棒と並んで歩いたり、俺の背中に横座りして運んでたんじゃ、どう足掻いたって夜までにアルクーキーに着きゃしない。


 まあ、反転リングのお陰で当面の食材には困らないし、調理器具も魔法具コンロもある。どこでも料理できるからメシには苦労しない。

 草原の上に毛布を敷いて、俺の脇で抱き付くようにして毛布を被れば寒くもないだろう。お前のためなら喜んで天然毛布くらいはやってやるぜ。


 それで、夜明けからまた歩いて、朝の八の刻午前九時半くらいにはアルクーキーの町が見えてきた。

 真っ直ぐ治療院に向かって顔を見せたら、当然ウィスカは驚いてる。そりゃそうだろう。一昨陽おとついステインガルドに送り出したはずの姪が戻ってきちまったんだからな。


「村が大変なことになってたって聞いて心配してたのよ。どうしたの? 家が壊れちゃった?」

 落ち着くまでアルクーキーのも休んでいいって言ってたもんな。

「色々あって村を出てきちゃいました。もう戻りません」

「戻らない? 私と暮らすつもりになってくれたなら嬉しいけど、諸々準備が整ってないのよ。とりあえず院長と一緒に話さない?」

「はい」


 ウィスカは俺たちを先導して院長室に向かう。こりゃ、当面治療院に住まわせる気だな? このアルクーキー治療院の専任治癒魔法士にする心積もりなんだろう。


「ポンデット院長、フュリーエンヌが村を出てきました。気持ちの問題が片付いたら治癒魔法士として働いてもらう方向で考えているんですけど?」

「おお、専任で働いてくれるのなら大歓迎だぞ」

 人気者だからな。

「わたしもここに置いてくださるなら、そうしたいとは思っています。でも、どうせすぐに伝わってくると思うので言っておきます」

 この距離じゃ数陽すうじつ中ってとこだろう。

「キグノは闇犬ナイトドッグです。それでも置いてくださりますか?」

「は? 闇犬? キグノがかね?」

「え、そうなの? 闇犬ってあの闇犬? 魔獣の?」


 相棒は一昨陽おとついの夜からの経緯を全て説明する。その結果、俺が魔獣だとばれて村に住めなくなってここに来たのだと。


「そ、そうか。魔獣だというのか、うーむ……」

「私は付き合いも長いし、キグノには危険はないってよく分かっているわ。でも、その話は早晩アルクーキーの住民全員が知ることになるわねぇ」

「治療に役立つ草食魔獣なら受け入れてもらえるかもしれないが、闇犬はな」

 ここは俺みたいな肉食魔獣にやられた奴も運び込まれてくるだろ? 厳しいんじゃないか?

「無理ですよね? 分かっています。だから契約の解除のお願いにあがったんです」

「それも困るのだよ」

「放り出す気はないわ。方法を考えましょう、リーエ」

 意外に建設的だな。

「そうね。キグノには柵の外に住んでもらえないかしら?」

「…………」

 俺が考えていた次善の策だな。


 ステインガルドみたいな、周りが農地だらけの場所を俺がうろうろしてれば連中も嫌がるだろぜ。でも、アルクーキーくらいちゃんとした防柵がある町なら、一匹くらいうろちょろしてたって危機感を覚えたりはしないだろう。

 場所さえ選べば、俺と相棒が一緒に居たって何も言われないんじゃないか?


「もう嫌なんです」

 おい!

「キグノと一緒に暮らせないならここにも住めません!」

「よく考えて。好きな時に会えるのよ?」

 そうだぜ、リーエ。


 全く問題ないとは言わないが、それはおいおい考えてみよう。今はまず住める場所を確保すべきだろ?

 俺は相棒の後ろに回り込んで、鼻先でぐいぐいと押す。


「……キグノまでここにいろって言うの? わたしと一緒に暮らしたくないの?」

 でもな……。

「わたしは嫌! 父さんもいなくなってキグノとも一緒にいられなくなったら一人になっちゃう! もう嫌なの!」

 泣くなよ、相棒……。悪かった。


 分かった。行こう。俺たちの場所へ。

 スカートの裾を咥えて引っ張る。


「キグノ!」

 そんなに抱き付くなよ。首が苦しいぜ。

「またグルグル言ってる。本当にわたしが好きなんだから……」


 ああ、お前が大好きだ。


   ◇      ◇      ◇


 ウィスカも院長も引き留めに掛かったが、結局相棒は頑として折れなかった。謝るリーエを抱き締めながらも、辛い表情のまま見送るしかできなかったんだ。


 むしろ雷兎ライトニングラビットたちのほうが俺の尻尾に嚙り付いて引き留めやがる。仕方ないから一羽ずつ咥え上げて放り出さなきゃならなかった。


 その後はちっとばかり忙しかった。噂が広まる前に旅支度をしなきゃならない。売れる家財を売り払って、旅に必要なものと食材をたっぷりと仕入れておく。

 そして俺たちの放浪の陽々ひびが始まった。



 やめてくれ、相棒。

「どうしたの?」

 なんで俺が小便してるのを、横でにこにこと眺めるんだ? 止まっちまうだろ。

「自由にできて嬉しい?」

 そりゃ、まあな。


 後ろ脚で土を蹴る。こうすりゃ俺の肉球辺りから出る匂いを付けておけるからな。別にここは縄張りじゃないんだが、つい癖でやっちまう。


「ねえ、キグノ」

 なんだ?

「わたし、決めたの。もうキグノが闇犬ナイトドッグだっていうの隠さない」

 そうか。

「そんなとこにいたくないから」


 俺に抱き付いて囁くように言う。


 おう、好きにしろ。後悔すんなよぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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