ステインガルドの危機(6)

「ほらみろ、やっぱりだ! 僕は前からそいつが危ないって思ってたんだ!」

「シェルミー、あなた……、何てことを。さっきキグノに助けてもらったばかりじゃない!」

「知らないな。僕はジークに守ってもらったんだ。こいつは普通の犬。そいつみたいに危険な魔獣じゃないからな!」


 それくらいにしとけ。ジークが唖然として震え始めてるぞ。俺の恨みを買ってやられると思ってんじゃないか?


「なにやってるんだ。早くあの魔獣を殺せ! 村をこんなにした魔獣を殺せ!」

「シェルミー、怒るわよ?」

「魔獣を僕たちのステインガルドに連れ込んだあいつも悪い! 追放しろ!」

 おい、そいつは……!

「そうね! 皆様、私たちの大切な故郷を守るためには魔獣を入れてはいけないんです! 魔獣を平気で村に入れるようなあの娘も危険なのです! 追放を!」

 そんなに相棒が嫌いか、シンディ? もしかして大人になったらお前んとこの農場を奪い取るとでも思ってんのか?

「何事だ、これは!」


 追っ付けやってきたのはクローグだ。村人もこいつが抑えれば騒ぎ立てはしない。土地持ちで発言権はあるから或る程度は言うことを聞いてくれる。

 それでも現状を聞いて苦り切った顔をする。そりゃ困るだろうぜ。両方の立場が理解できるだろうからな。


「リーエ、お前はキグノが魔獣だって知ってたんだな?」

「はい。だって十五前にキグノと出会った時は、母親の闇犬ナイトドッグと一緒でしたから」

「十五? そんなに前から?」


 シェラードが考えて、俺が魔獣だとばれないように偽装してたからな。

 その頃も一に一回くらいはステインガルドに帰ってきてたけど、その間は中に入らず近くでのんびりしてたのさ。長生きだとすぐに魔獣だって分かっちまうからな。

 そんで、また出掛ける時には合流してたんだ。だから村の連中は、相棒が村に戻って住み始めた五前くらいに俺を飼い始めたと思ってるのさ。


「だから家族なんです。その間、キグノが人を襲ったことなんてありません」

「しかし、そのままというわけにもいかない。この通り、魔獣の所為で村は大きな被害を被ってしまった。皆の気持ちは解らなくはないだろう? キグノを殺すとは言わない。野に放ってはどうかな? 魔獣なんだから生きられるはずだ」

 できるぜ。でも、あんたはリーエを守れない。

「嫌です。ずっと一緒に暮らしてたんです。それこそ村の人たちなんかよりずっと」

「この女は村のみんなより魔獣のほうが大事だって言ってるぞ! やっぱり追放だ!」

「黙りなさい、シェルミー!」


 クローグはそう言うが、追従ついしょうするようにシェルミーに賛同する声も高まってきてる。この一巡六日の間は、それほどまでに村人に恐怖感を与えていたってことだな。


「ではこうしてはどうだろう? キグノを飼うなとは言わない。せめて檻を作って、その中で飼ってはダメなんだろうか?」

「檻って……」

「ああ、そうだ。どうしても外に出したい時は村長の許可をいただくようにすれば皆も納得できるだろう。如何ですか、村長?」

 渋い顔してるぜ。

「伯父さん」

「何だい?」

「伯父さんは悪いことをするかもしれないからってシェルミーを檻に閉じ込めますか?」

 おいおい、相棒?

「実際に悪いこともしましたが、檻には閉じ込めていませんよね? それなのに何も悪いことをしていないキグノを檻に閉じ込めろって言うんですか? その矛盾をわたしに説明してください」

「いや、それは……」


 リーエは静かな怒りを宿した目でクローグを見つめてる。それに圧されるようにクローグは後ずさっている。だが、相棒は目を瞑って顔を伏せた。


「分かりました。村を出ます」

 心を決めちまったか、相棒。


 ただ、そうなると慌てる人間もいる。村長のスランディは俺の目を気にしながらも進み出てくると切々と訴え始めた。


「か、考え直さんか、フュリーエンヌ? お前のような若い娘がいきなり村を出るなど危険極まりない。クローグもああ言っているし、わしも檻の中なら飼っても構わんと思っておる。時々なら外に出してもいいし……、そうそう、アルクーキーに行くはもちろん連れていけばいい。話し合わんか?」

 まあ、本当に放してくれるとは思えないけどな。どうせ鎖で繋げとか考えてる。

「…………」

「そうだ、町から仔犬を取り寄せてやろう! とびきり可愛い仔犬をな。そうすれば寂しくはあるまい?」

「馬鹿にしていらっしゃるのですか?」

 完全に侮ってんな。

「わたしがただの犬好きくらいに思っていらっしゃるのですね? 身近に犬をあてがっておけばいいと! ……ええ、お困りになるでしょうね? 治癒の使える人間が居なくなれば村は大変になりますもん!」

「いや、そういうわけでは……」

「わたしは治癒の使える便利な道具じゃありません! 家族にも代わりなんていません! 長らくお世話になりました」


 相棒は言い切ると、憮然とした表情のまま深々と頭を下げた。


「お前らなんかただのバカだ! 何も分からないバカ野郎だ!」

 止めとけ、コストー。

「リーエやキグノがいないと大変になるって分かっているのに……、さっきだって助けてもらったばかりだってのに、ちょっと怖いからって追い出せばいいなんてそんなのバカのやることだ!」

 俺の為に泣かなくてもいい。ルッキとパントスもだ。こうなるのは分かってたのさ。


 まったく。塩っぱ過ぎて喉が渇いちまうだろぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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