ステインガルドの危機(4)
俺が身体をぶるりと震わせると、内からにじみ出るように黒い霧が漏れる。
「え、キグノはどこにいった?」
「ダメ! やめて、キグノ!」
やっぱり俺が何をしたか分かっちまうか、相棒。
この黒い霧は幻惑の魔法だ。モリックからも、そしてもちろんリーエも俺が認識できないようになっているはずだけど、相棒は慣れている分だけ理解が早い。たぶん何をしようとしてるかも解ってるだろう。
取り囲んでいながらも俺が消えたように感じた
周囲の人間も魔獣も、その一匹が急に宙で回転して地面に叩き付けられたように感じただろう。きょろきょろと見回しているが、何も分からないままだ。
続けて包囲中の炎狼を一匹、また一匹と屠っていく。いきなり苦鳴を上げて倒されていく仲間を呆然と眺めているしかできないだろう?
「
知れ渡ってるな。だからと言って防げるか?
「お前、何で人間の側に付いてる? 人間なんて餌だろうが!」
俺はそんな風に思ったことはないぜ。そいつはお前らの傲慢だ。
「強い者が食う。それだけだ!」
言い訳すんな。その理屈を町の人間にぶつけたりはしないだろう? 所詮は欲に駆られているだけのくせに。
大きな群れは怖れるくせに小さな群れには強くでる。そんな欺瞞を、はいそうですかと聞いてやるほど寛容じゃないぜ。
包囲する炎狼をひと通り片付けたところで、幻惑の霧を少し緩めて相棒を振り返る。俺の姿は帯状の黒い霧を纏わりつかせているように見えているだろう。
行くぜ。
「付いていけばいいのね?」
ああ、気を付けろ。
鼻で村長宅のほうを示せばリーエは理解してくれる。
このまま孤立しているのは面白くない。四人を背負っていればどうしても死角ができる。突っ切って村の他の連中と合流したほうがいい。
再び幻惑の霧を纏った俺は動揺する炎狼たちを倒しながら進む。相棒も俺が見えてはいないだろうが、開く道を通ればいいと解っている。用心しながら付いてきていた。
「リーエ、キグノは……?」
「モリックさん、それは後で」
頼むから今は生き残ることだけ考えてくれ。
次々と倒されていく仲間を見ていれば、炎狼も警戒してリーエたちには近付かなくなる。俺たちは無事に群れを抜けて村長宅前までやってきた。
「お前ら、どうやって?」
「今はとりあえず皆のところへ行かせてください。ここはまだ危険なんです」
そうだぜ、冒険者の兄ちゃん。状況を弁えてくれ。
「後ろへ!」
そっちの魔法士の雄のほうが分かっているじゃないか。
「ありがとうございます」
「家の中へ。ここは死守する」
「はい。でも……」
村長が保有していた武器を構えた雄たちのところまで辿り着いた相棒は振り返る。そこで俺は幻惑の霧を解いて姿を現した。
「魔獣! え、いや、キグノか!?」
「来て。
やれやれ、やっと癒してもらう時間が取れたぜ。火傷とか引っ掛かれた傷とかひりひりして堪らん。
「うお! どうして!」
「キグノは人を襲ったりしません。ここまで連れてきてくれたのも彼です」
「そう……、なのか?」
急に現れた俺に魔法士の雄は驚いてロッドを向けてくるが、リーエが体を張って止めてくれた。そしてたてがみに頬擦りすると感謝のキスをくれる。
「キグノ、やっつけちゃって!」
おう、任せとけ。ばれちまったもんは仕方ないからな。
「わたしはここで見てるから」
頼むぜ。雄を見せろよ、お前ら。
相棒を武器を持ってる村の雄たちに預けると、俺はまた幻惑の霧を放出して姿をくらます。
さて、覚悟しろよ。俺が印を付けてる縄張りを荒らしやがったんだからな、相応の報いを受けてもらうぜ。
「今の、闇系の魔獣だな」
その通りだ、冒険者の兄ちゃん。俺は
「昼間、着いた時もあの娘と居たろ? だったら、この炎狼どもとは別口ってことじゃないか?」
解ったんなら俺を攻撃してくれるなよ。
口から黒い霧の濃いやつを前に居る何匹かの顔にぶつける。こいつは目潰し。
前が見えなくなった炎狼は慌てふためいてやがる。そのうちに冒険者が斬り倒してくれるだろう。
一団の奥深くへもぐり込みながら手当たり次第に目潰しを掛けてやる。ともあれ数を減らさないと多過ぎだ。冒険者が三十以上は削ったみたいだけど、まだ五十は居やがる。
首や背中に噛み付いて背骨を砕いてやれば大概はショックで痙攣を始める。それで戦闘不能さ。俺を認識できないのをいいことに、乱戦に持ち込んでやれば群れなんぞ怖くはない。
「勝手をさせると思うなよ?」
おっと、あんたがボスか。勝手をしたのはどっちだ?
「投げ出した縄張りに未練があるのか?」
投げ出しちゃいない。ちょっと野暮用で外してただけさ。
「ならば力で奪うまでだ」
やってみやがれ。
ボスともなると場数を踏んで、漏出魔力だけでもこっちの居場所をある程度掴んできやがる。一筋縄じゃいかないな。
身体の大きさだけなら俺と同じくらいか。さあ、勝負を付けるか。
さすがに緊張で口が乾くぜぺろぺろり。
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