終わる日常(3)
「やめて! やめなさい、キグノ!」
止めんな、相棒。こいつが何したか分かってるのか? 分かるわけないな。
リーエが取り縋って背中の毛を引っ張っているが、それで引くわけにはいかないぞ? 手前ぇ、洗いざらい吐かないと、この喉笛食い破ってやるぜ!
同席してる衛士まで俺を取り押さえようとしやがる。さすがに大人の雄が何人も来れば引き剥がされちまう。こいつらは例の力の強い人間だからな。
でも、それで収めてはやらないぞ? 俺は前脚の爪でポケットを引っ掛けて、破り取ってやる。転がり落ちたものをよく見やがれ。
「え? どうしてリンデルさんが父さんの反転リングを持ってらっしゃるんです?」
「な、何を言っているんだい!? これは僕のだ」
嘘を吐くな! そいつからは親父さんの匂いがぷんぷんしてるんだ。だから俺が気付いたんだぜ?
「違います! ほら、この水晶球の横に印がしてあるでしょう? これがうちの反転リングだっていう目印なんです」
「そ、そんなことを……?」
相棒は左腕に着けている反転リングを示す。それには水晶球の横に簡単な印と、その横に数字が刻んであった。
そして転がり出た物にも同じ印が付いている。その場の全員が確認して驚く。それだと話はずいぶん変わってくるだろう?
「盗賊が盗んでいったはずの物をなぜリンデルさんが持ってるの!? 説明して!」
事の真相に気付いたか、リーエ。
「詳しく聞かせてもらおうか、リンデル。おい、こいつを後ろ手に縛れ。取り調べる」
これなら俺もお咎めなしだろ?
それからリンデルの持ち物検査をすると、シェラードの反転リングがいくつも出てきた。こいつが親父さんを殺めやがったのか?
怪しげな状況、しかも具体的な証拠まで出てきたとなると取り調べは厳しい。ほとんど尋問レベルだぜ。最初は頑として口を噤んでいたリンデルも、顔に痣が増えてくると口数も増えてくる。
聞けば、こいつは親父さんに街道筋で魔獣が増えてきてるって嘘を吹き込みやがったらしい。
街道でも一定距離ごとに夜営陣と呼ばれる魔獣避けの施された場所が有るから夜中でも安心して眠れる。だが、街道全てに魔獣が入り込めないわけじゃない。そんな移動を制限するような状況だと、魔獣は逆に集落を狙い始める。
だから移動中は危険であるのは確かだ。そこでリンデルは街道筋が安全になるまで護衛を雇ってはどうかと持ち掛けた。自分が馴染みにしている傭兵団から人を都合してもらえる話になっていると言ったんだとさ。
シェラードはこいつの善意を信じて話に乗る。リンデルの伝手を大事にする心積もりもあったんだろうぜ。親父さんはそういう人間だ。馬車には俺ががっつりと匂いを付けてあるから、半端な魔獣は近付いてこられないって知ってたんだけどな。
傭兵だって触れ込みでリンデルが親父さんに付けたのは、金で何でもやるごろつきだ。イーサル国内の大きな都市から遠く離れ、人気の少ない場所の夜営陣で眠っているところを襲って殺害させた。
その後、ごろつきどもはおっつけやってきたリンデルに剥ぎ取った持ち物を渡し、約束の大金をせしめて姿をくらましたわけだ。
「どうしてそんなことをした!」
言ってやれ、部長さん。こいつ、親父さんには世話になっていたんだぜ?
「だって、ひどいじゃないですか!? シェラードさん、貴金属の取引に僕を関わらせてくれないんですよ?」
「そんなはずはない。あいつは一人占めの契約をするような男じゃなかった!」
「事実なんです。ザウバの貴金属取扱商会の中でも、一人交易商人を使うような自前の輸出経路を持たない商会に、僕がどれだけ足繁く通ったと思うんです? どこでも良い返事がいただけませんでした。それどころか、新規の規模の小さい商店でさえシェラードさんに声を掛けるんです」
そりゃそうだろうな。シェラードは皆が良い商売ができるよう心を砕いてた。それが信用を生んで取引が成立してたのさ。
連中だって横の繋がりがあるだろう? 不安が多い新規の商店なんかは親父さんを頼るに決まってんじゃん。
「きっと僕たち若い交易商人を締め出すように裏工作してたんだ。賄賂を使うとか、悪い噂を流して妨害してたに決まってる」
そんなことしないって!
「分からんのか、リンデル。お前は自分の取引品目の範囲でさえ、利益を求めるばかりに値下げ交渉をして少なからず苦情が届いていたんだぞ?」
「そうしないと全体の取引量が増えなくて、彼らだって儲からないでしょう?」
「そこを上手に差配するのが商人の仕事だ。それを怠ったから信用を得られない。自分の取引品目でさえ信用を得られないような奴が、他品目に手を出そうとして成功するわけないだろう?」
「違う! あいつが邪魔してたんだ!」
どうあろうが認めたくないのか。
「違います! 父さんは貴方が頑張る姿を応援してたんです! 貴方の扱う西方産品の商会さんから任せたいっていう言葉はたくさんいただいてました。でも、それは貴方が努力して信用を得ていけばいずれ上手くいくようになるからってお断りしていたんです。それなのに貴方は……!」
乾いた音が鳴った。目に涙をいっぱいに溜めた相棒が歩み寄って頬を張ったんだ。俺は二人の間に身体を割り込ませて胴でリーエを押す。
それくらいにしとけ。それ以上は後になって悔いるぞ。欲望を暴力で解決したこいつと同じとこに堕ちたってな。
ほら、俺の背中ならいくらでも叩け。今できるのは、毛皮を涙で濡らすリーエに頭をこすり付けるぐらいだぜすりすりすり……。
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