終わる日常(2)
「乗せてください。ちゃんと二人分の料金を払いますし、絶対に座席には上がらせませんから」
無理しなくても良いぜ、相棒。何なら俺は走ってもいい。スリッツに急ぐのが最優先だ。
昨夜はウィスカと眠ったリーエだけど、そこで色々と話してたな。不安をぶちまけて少しは落ち着きを取り戻したお陰でちゃんと話もできてる。当面はあんなに取り乱したりはしないだろうからホッとするぜ。
「母ちゃん、わんちゃん」
すまんな。邪魔するぜ。
「大きなわんちゃんねー。大人しそうだから大丈夫みたいよ」
騒ぎは起こさないから勘弁してくれよ。
「怒ったりしないわよね?」
「……大丈夫です」
「あらどうかしたの?」
露骨に顔色悪いから心配もさせちまうか。
「いえ、何でも……」
「そんな風じゃないわ。良かったら相談してくれない?」
「……実は」
母親のほうは親身に相棒の相手をしてくれた。スリッツまでの
雄のちびすけのほうはやりたい放題だったがな。乗っかるわ、ひとの上で寝こけるわ、尻尾を玩具にしやがるわ、なかなかの暴れん坊ぶりだったぜ。
まあ、そのお陰で他の乗客が俺のことをとやかく言わなかったから、それは我慢した甲斐があるってもんじゃん。
「ありがとうございました」
やっと解放だ。
「ううん、こちらこそ。坊やがさんざんわんちゃんに遊んでもらえたから楽だったわ。お父さん、無事だと良いわね?」
「はい、信じてますから」
◇ ◇ ◇
久しぶりの王都はちっとばかり賑やかになったみたいだけど、勝手知ったる場所でもある。相棒と俺は足早に商業ギルドの建物に向かった。
「お邪魔します。フュリーエンヌです」
ここは匂いも変わらないな。
「おお、リーエちゃん! 大きくなったね? 元から可愛かったが女っぽくなってきた。って、それどころじゃない! シェラードさんのことだ!」
頼むぜ、おっさん。お前は太ったろ?
「ご無沙汰してます、交易管理部長さん。父の件、何か分かりましたでしょうか?」
「まだ、詳しいことは聞いてないんだ。ごめんね。……おい! リンデルはどこに行った?」
「リンデルさんは衛士本所で事情聴取です。まだ犯人の野盗が見つからないって」
リンデルって、五
「あいつ、まだ話してないことあったのか?」
「いえ、何でも良いから思い出した状況を知りたいって衛士が連れに来ました」
「悪いな。衛士連中もお父さんの件が大騒ぎになると面目が立たないって躍起になってるんだよ。我慢してやってくれ」
そりゃそうだろうな。もう何
そもそも妙な話じゃん? シェラードははっきり言って剣士としては商人の域を越えていたんだぜ?
複数居れば返り討ちは難しいだろうがよ、切り抜けて逃げ出すくらいはできたはずなんだ。もしやられたんだとしたら相当の人数で取り囲まれたとしか思えない。それだけの野盗団が街道筋をうろうろしてんなら、とうに知れ渡ってたって当然だろ? それが足取りも掴めないってのはどういう話だよ。
「シェラードさんの遺髪はリンデルが持っているんだ。あいつから受け取ってくれ。ついでに衛士本所に行けば今の状況も分かるからな」
「お手数お掛けします、部長さん」
道すがらに説明してくれるから助かるぜ。とにかく事実を知りたいからな。
「私が聞いた範囲じゃ、お父さんを追い掛けるようにスリッツに向かっていた時に、その……、遺体を見つけたらしい。持ち物が荒らされていて野盗だって思ったって言ってるが、本当のところはよく解らん。もう痛み始めていたから還しの儀をしてから遺髪だけ持ち帰ったって言うんだ」
なるほどな。状況的には野盗の仕業だな。
衛士本所で相棒の到着を告げると小部屋に案内してくれた。そこで事情を聴いているらしい。
「あっ、リーエちゃん!」
「リンデルさん、お話、伺わせてください」
ああ、こんな匂いの雄だったな。親父さんの匂いもする。やっぱり遺髪を持ってるのか……。
「ごめん、僕が一緒していればこんなことにはならなかったかもしれない。本当に申し訳ない」
「いえ、リンデルさんに罪はありません」
「本当は一緒にスリッツに向かうはずだったんだ。シェラードさんは
説明は良いから、さっさとその場所を教えろ。野盗連中は親父さんから盗んだ物を持ってるはず。まだ匂いが追えるかもしれないんだ。
「父も馬も、ですか?」
「うん、持ち帰れたのは遺髪だけだった。ごめん」
「父を還してくださりありがとうございます。ください」
リンデルはポケットから遺髪の包みを取り出して相棒に渡してる。
おい! ちょっと待て! そいつはどういうことだ!?
「どうしたの! やめて、キグノ!」
俺は猛然とリンデルを押し倒し、喉元に牙を押し当てる。
お前、親父さんに何しやがったがるるるるるるる……!
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