終わる日常(4)

 リンデルは何か不満そうな顔をしてやがる。こいつ、納得してないな? まったくこの場で食い殺してやりたいぜ。

 でも、それをやるとただじゃ済まない。今度は俺が処分されちまう。そうなったら相棒は一人になるじゃないか。腹は立つが我慢するしかない。視線で射殺せるならとっくにそうしてる。


「それでシェラード氏の遺体をどこで焼いた?」

 焼き痕だけでも発見できたらこいつの罪は確定だな。衛士も調べなきゃならない。

「抗っても無駄だ。素直に吐け」

「還しなんかするもんか。見つかったら面倒だから、茂みの奥に埋めてある」

「何ていうことを! あれほどの男を罪人のように埋めただと!?」

 怒り狂ってんな、部長さん。

「貴様など私の権限で追放だ! ギルド員でも商人でもない! こんな奴などどうとでもしてください!」

「落ち着いてください。調査が先です。……詳しい場所を言え。確認する」


 リンデルの証言を基に調査隊の派遣が決まる。その中には相棒も含まれてるぜ。当然俺も付いてく。


   ◇      ◇      ◇


 かなり南のほうに来たな。開拓されてない辺りはそんなに風景も変わってない。俺の記憶にも残ってる。


 相棒はあれ以来、俺から片時も離れない。眠る時でさえどこか触れていないと気が済まないようだ。不安で仕方ないんだろうぜ。それでいいなら、俺はいくらでも天然毛布に化けるけどな。


 でも、今はちょっと我慢しろがりがりがり。

「どうしたの、キグノ? 外に出たいの?」

 おう、悪いがこいつを開けてくれがりがりがり。

「すみません。止めてください」


 客車キャビンの扉を開けてもらって外に出た俺は、風の匂いを探りながら進む。何をやっているか気付いたリーエは、馬車に追い掛けさせるよう頼んだようだ。


 有った有った、俺の匂いだ。時間が経ち過ぎてるから微妙だったが、何とか拾えたな。ここに親父さんの馬車があったはずだぜ。すると、この辺りの木立の中か? 茂みの奥って言ってやがったな。

 雨が降ってたら無理ってもんだが、幸いこの辺はほとんど降らない。助かったぜ……、ってこれか? 微かに親父さんの匂いがする。


 俺が土を掻き始めたら衛士達がやってきて地面にシャベルを突き立てる。何をやっていたか理解してくれたか? そして、土の下からシェラードの遺体が現れた。


「父さん! 父さんはそこなんですか!?」

 誰か言いやがったな。余計なことすんな。

「済まない、フュリーエンヌさん。御尊父は君が見ていいような状態ではない」

「そんな!」

「全て我らの捜査が後手後手になってしまった所為だ。申し訳なく思っている」


 俺が頭で相棒を押し留めていると、そんな風に言ってくれる。助かるぜ、隊長さん。恩に着る。


「このまま夜を待って、ここで還しをしたいと思う。どうか了承して欲しい」

「……ごめんなさい、取り乱して。ありがとうございます。お願いいたします」

 よく踏ん張った、リーエ。


 でも気力はそこで限界だったみたいだな。へたり込んだ相棒は俺の首に抱き付き、たてがみに顔を埋めると外聞もなく泣き声を上げ始めた。


 夜の黄盆つきに向けて煙が尾を揺らめかせてる。それを見ながらリーエははらはらと涙をこぼす。そのまま枯れちまうんじゃないかと思うほどにな。

 切ないぜ、親父さん。あんたの仕事の都合で一人と一匹で新輪しんねんを迎えることはあった。だが、こんな新輪しんねんはあんまりだろ? 勘弁してくれよ。

 さぞかし無念だろうが、せめてゆっくり眠ってくれ。相棒のことは俺に任せてな。


 あお ── ん! おお ── ん!


 遠吠えはあんたのとこまで届くか?


   ◇      ◇      ◇


 逃亡してたごろつき二人組は、持ち逃げした馬車から足が付いて捕まった。罪を申し渡されたうえで、リンデルと一緒に縛り首になったって話だ。

 その程度で相棒の苦しみが解るとも思えないけどな。できるなら、生かしたまま目の前で手足を食ってやりたかったぜ。


「どうするね、リーエちゃん?」

 苦労かけたな、部長さん。

「君がお父さんの後を継いで商人になりたいって言うのなら、私はいくらでも援助は惜しまないんだがな。魔法士相手だとできることはほとんど無いからなぁ」

「お心遣いありがとうございます。正直、これからの事とか将来なんて考えられる状態ではないので、お心だけいただいておきます」

「うんうん。一度故郷に帰ってゆっくりと考えるが良いね。でも、私にできることがあったら遠慮無く言ってくれよ?」


 交易管理部長さんは親父さんの反転リングの中身の貴金属を全て相場で買い取ってくれた。それだけでも当分は生活に困らない。

 その上見舞金までくれ、アルクーキーまでの馬車まで都合してくれる。ほんとに助かったぜ。今の状態のリーエを駅馬車の雑音にさらすのは気が乗らないからな。何なら背中に乗せてゆったりと帰ろうかと思ってたくらいなんだ。


「キグノ、なに?」

 良い匂いしてるだろ? この露店で甘い物でも食っていこうぜ。

「食べたいの? 食いしん坊さんね」

 必要なのは相棒のほうじゃん。


 砂糖のいっぱい付いたカームテドーナツに嚙り付く。甘いな。


「どうしてなの? どうしてこんなに苦しいのにカームテドーナツが甘くて美味しいなんて感じちゃうんだろう? わたし、親不孝者ね」

 そんなことはない。そりゃリーエの身体がまだ生きたいって言ってる証拠なんだぜ。


 今陽きょうの頬っぺたは甘塩っぱいなぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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