第19話「団体戦(秋)~沈勇なる一手」

 最終日の一戦目、相手校は電気通信大学。

 春にも対戦しており、相手チームのメンバーはその時とそれほど変化していないように見えた。前回は三対二で辛勝したが、今回は四将に浅井が入っているため、戦力的に厳しいところである。


 席につき、主将の永峰さんが代表してニギリを行う。白番を引いたので、副将から下は順に黒、白、黒、白の手番である。四将の浅井は黒番だ。

 各所で「お願いします」の挨拶が交わされ、対局が始まった。活気のある石音と、対局時計を押す"カシャッ"という音に、白眉さんは観戦しながらどこか懐かしさを覚えた。


 副将の井俣は、黒番で向かい小目からのシマリ。彼らしい、実利重視の堅実な打ち回し。いつもどおりの高い石音を響かせ、適度に時間を使いながら打ち進めている。


 永峰さんもまた、井俣同様に石音を響かせて打つタイプだ。

 いかにも自信たっぷりという雰囲気を醸し出した井俣の石音に比べると、永峰さんのそれはどこか攻撃的で、しかしながら碁盤や碁石に対する敬意の念は欠くことのないような、相反あいはんする感情が漂っているようだった。


「おぉ……」

 主将戦を観戦しながら、白眉さんはごく小さなヴォリウムで感嘆のため息をもらした。


 永峰さんが今打った一間いっけんトビは、恐らくこの局面でそう打つ人は他にいないであろうと思うほどに意外性のある一手だった。悪手とも好手とも言いがたい手だなと白眉さんは思う。

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 黒が上辺から二間にけんにヒラいた場面。左上の白のコゲイマジマリは安定しているため、急いで受ける必要のないところだ。

 永峰さんは、でも数秒思考してすぐにトビを打った。受けた、と言える着手だろう。この手は対局相手も予想になかったらしく、意表を突かれた様子だった。


 続いて、黒は残る辺の大場である左辺の星にヒラキ。先ほどのトビが来たことにより絶好点となったその地点に回られると、白は足が遅くもて余してしまうかもしれない。そう考えて白眉さんは驚いたのであるが、永峰さんの棋風からすれば納得の一手かもしれない。


 永峰さんの碁は手厚く、石が自然と上に向かって行く棋風だ。

 井俣のように足早に実利を確保していくスタイルと比べて、永峰さんの碁は全体的に足が遅く、地合いで遅れを生じることも少なくはない。しかし、その分弱い石ができにくく、厚みを活用した後半での追い上げにも期待の持てる打ち方である。

 プロの対局でも井俣のような実利先行型の碁が主流となりつつある昨今、永峰さんのような棋風は珍しいかもしれない。厚みの活用が難しく、また地合いでリードを許すのは怖いと感じる打ち手が多いからだ。


 大学に入ってからは滅多に打たなくなったとはいえ、中学・高校の六年間囲碁部に所属して磨いた実力は本物で――高校時代は全国大会でベスト八まで勝ち進んでいた――、永峰さん自身も誇りを持っているのだろう。

 ブランクがあろうが時代の流れが変化しようが、自分の信じたスタイルを貫くという沈勇ちんゆうさがその一手から伝わり、白眉さんはふふっと笑みを浮かべた。


「負けました」

 対局開始から約一時間、浅井が投了した。

 粘り強く打ってはいたものの棋力の差が大きく、二十子以上の大石を召し取られては、さすがに投了せざるを得ないところである。


 浅井が終局する少し前に藤山さんが中押し勝ち、浅井のすぐ後に金村さんが六目半負け、それから十五分ほど遅れて井俣が終局した。副将戦は互いに実利にからい棋風で繊細なヨセ合いとなっていたが、井俣は辛うじて一目半勝ちを収めた。


 これで二勝二敗、チームの勝敗は主将戦の結果次第となった。

 白眉さんの予想どおり、序盤から黒が地合いで先行して足早に打ち進めていたが、大ヨセ段階からの永峰さんの追い上げは見事なものだった。大胆な手を打つわけではなく、じりじりと着実に差を詰めていくその老練ろうれんな打ち回しに、白眉さんは数年前に彼と対局して負かされた時のことを思い出し、苦い笑いを浮かべた。


「終局っすか?」


 いつものぶっきらぼうな口調で、永峰さんが対局相手に終局確認をする。

 整地して地を数えると、白の六目半勝ちだった。ちょうど盤面持碁。予想どおりという顔つきで頷きながら、永峰さんは対局相手と感想戦を始めた。


 昼食休憩を挟んで行われた最終戦、対戦校は首都大学東京。

 二部から降格してきたということで実力者が揃っており、先ほどの電通大学戦よりも厳しい闘いとなった。


 主将の永峰さんは先ほど勝利した勢いをそのままに、持ち前の手厚い打ち回しを発揮して勝利するも、チーム全体としては敗れ、秋の関東リーグは二勝五敗で降格となり幕を閉じた。

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