第91話「それぞれの想い」

 事後処理は、宮内の奮闘なくしてはどうにもならなかっただろう。


 泣きやみ、桃源郷の中で陶然とうぜんとしながらも、しばらくすると互いに現実に立ち戻った。

 レクリエーションが終了して生徒たちが戻ってくる前に、宮内は私の手を引いて一階の保健室へ連れて行ってくれた。

 

 ベテラン養護教諭の松田は、私が暴れていた時間は休憩中で外へ出ていたらしく、私たちがひどく焦った様子で訪れると、何事かという顔をした。

 彼女も前々から首藤の良からぬ噂は耳にしていたらしく、宮内が図工室での一件を説明するとすぐに事態の深刻さを察したようで、私たちを保健室でかくまってくれた。


 宮内としては、私を預けてから何食わぬ顔でクラスの中に戻っていくという選択肢もあったかもしれないが、すでに心は決まっていたのだろう。

 たとえリスクを負ってでも、ここから先は私とともに首藤やクラスメイトたちと闘うという決意を、きっと固めていたに違いない。



「なんだこれは!!!!!!」



 ドッジボール大会を終えて体育館から戻った首藤が、教室の惨状を目の当たりにして喫驚する。生徒一行も、同様の反応を示していた。


「俺たちの教室が、めちゃめちゃだ……」

 いつもは威勢の良い高杉が、眼前の光景に対する落胆かあるいは恐怖からか、力なく口にする。

「ひどすぎる……」

 上村も、愕然とした面持ちでつぶやく。


「あぁ!! ノートパソコンがぶっ壊れてるじゃねえか!! これ高いんだぞ!!」

 困惑する生徒たちなど気にもとめず、首藤は壊れたノートパソコンのほうへ駆け寄った。

「先生、俺たちの持ち物もめちゃめちゃですよ。どうしよう……」

 倉橋が、床に投げられたランドセルや、踏みつけられて破れたノートや、割れた筆箱などに目をやりながら言った。


「うるせえ!! そんな小さいことでがたがた言うな!! 俺のパソコン、買い替えたばかりで十万もしたんだぞ!!」

 首藤の言葉を聞き、多くの生徒が眉をひそめた。

 これまで、彼を持ち上げるだけ持ち上げてきた上村や高杉でさえも、この逼迫した状況下での身勝手な物言いに、何だこいつは、というような視線を投げかけている。


「池原だっ!!」

 いつになく、有馬が冷静な思考で犯人を言い当てた。


「あっ、そういえばあいつ、一度も顔を見せに来やがらないと思ってたら、そうか! あの野郎!!」

 理不尽な罰ゲームを与えたまま忘却していた一人の生徒のことをようやく思い出し、憤激する。

「池原ぁ、どこ行きやがったぁ!! 今すぐとっ捕まえてたたきのめしてやる!!」

 首藤が、生徒たちをその場に残して廊下を駆け出した。


「いいぞー先生、頑張ってください!」

 

 有馬には先ほどの首藤の物言いを理解できなかったのか、私への憎さが上回っているのかわからないが、拍手で首藤を鼓舞して場違いな笑みを浮かべていた。

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