第86話「劣化コピー」

 翌日、教室に入ると、すぐさまクラスメイトたちの祁寒きかんのごとき視線が突き刺さった。

 何も恥じるようなことはしておらず、間違った行動もとっていないと胸を張って言えるが、いくら主張しようとこの連中に届くはずもないことはわかっている。

 

 流刑地まで行くと、昨日の答案用紙が、しわくちゃな長方形に復活して机に置かれていた。それには、紙全体に行き渡るほどの大きさの巨大な×印が赤ペンで書かれており、「試合放棄、0点」と記載されていた。解答していたところまではいっさいの減点要素はないはずだが、おそらく首藤は私の解答など歯牙にもかけていないし、そういう問題ではないのだろう。テストと名の付くものにおいて零点を付けられたのは、この時が最初で最後だった。


「おい、0点野郎」

 予想どおり、高杉が鬼の首を取ったような顔をして突っついてきたと思い振り返ると、予想に反して高杉ではなく、取り巻きの倉橋だった。


 倉橋は高杉と似たような性格で、首藤にも気に入られている生徒だが、学力も運動能力も高杉より幾分劣り、彼の劣化コピーたる印象をいつまでも払拭できない残念なポジションの男である。高杉を差し置いて珍しいと思ったが、私にとってはどちらであろうが差はなく、至極どうでもよいことであった。


「お前、勉強しかできないくせにとうとうテストも0点だな。マジでゴミ以下じゃん」

 劣化コピーが、高杉の糟粕そうはくをなめるような新鮮味に乏しい暴言を投げかける。

「倉橋、俺が言おうと思ってたセリフ、先に言ってんじゃねえよ」

 本物が、コピーの身勝手な言動をふざげ半分な口調で戒める。

「あぁ、ごめん。つい」

 倉橋が、少し離れた前方の席から詫びる。


 だからどうしたというのが、私の率直な感想だった。

 家では身体の震えが止まらないほどに動揺を覚えても、彼らの屡次るじの低俗な行為とやり取りはもう見飽きたしされ飽きたという冷静な感覚が、事態に直面すると降り注いでくるのである。

 

「君らの程度の低い嫌がらせにはもう辟易して、反応に困るんだよな。ゴミで結構。低レベルな人に何言われたところでね。一応、こうしてお付き合いして感想を述べているだけありがたいと思ってくれるか」

「なんだと、てめえ! もういっぺん言ってみろ!」

 倉橋が、顔全体に怒りを湛えてこちらに歩み寄ろうとする。

「やめとけよ、そろそろ先生来るぞ。そんなゴキブリ相手にすんな」

 高杉が、いつになく挑発に乗らず冷静に制止する。


 席につく前にしわくちゃの答案を破って再度丸め、近くのゴミ箱に投げ入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る