第82話「私という情熱」

 不可解なことがある。

 クラスメイトたちは、私を陥れることによりどのような結果になることを期待していたのか、ということだ。短兵急たんぺいきゅうに段取りを変更して、それで何事もなく済むなどと思っていたのだろうか。


 おそらく、山賊役の三人の中で私の出番(台詞)だけを奪い、それによって私にいくばくかの混乱とあわよくば屈辱感を与えつつ、芝居自体はつつがなく終えるつもりだったのだろう。

 それに付随して、最後には首藤の暴力行使が待ち受けていたことは、もはや火を見るよりも明らかである。仮にあの時、茶々を入れずに黙してその場をやり過ごしていたとしても、「お前だけつっ立って何も言わずにどういうことだ」とか、「変更した段取り通りにやらないから、お前が言うべき台詞が抜けていた」とかもっともらしい理由を並べてあげつらい、私がクラスメイトたちの足枷あしかせになったという恣意的な判断を下す首藤の姿を容易に想像できた。


 しかしながら、本番終了後の生徒たちの様子は、こんなつもりではなかったという驚きと後悔の感情が歴々としていた。あのような卑劣な行為を受け、私が大人しく黙っているとでも思ったのだろうか。そうだとすれば、随分と舐められたものである。

 器用に二通りの芝居を習得した有馬たちや、その事実を知りながら口を閉ざしていた他の生徒たちもなかなかの団結力であるが、奇襲に対するこちらの奇襲まで読み取れていなかったことは詰めが甘いと言わざるを得まい。

 あの対決は誰がなんと言おうと、私の鮮やかな中押ちゅうおし勝ちだった。


 あの一件により、私はクラス内で目に見える形で爪弾つまはじきにされ、心身の衰弱に拍車がかかった。

 私の心身のキャパシティを削ぐという彼らの目的は確かに実現され、その点では結果的に私の敗北なのかもしれない。いかように振る舞っても、それは回避できなかったと思う。学芸会に至るまでの時点で、すでに手詰まりだったのだ。


 私は、それでもあの時の自身の行為が間違っていたとは決して思わないし、あれは自分にとっての最善の一手だったと胸を張って言える。本当に辛いのは、身体のあちこちにできた傷痕でも、首藤や生徒からの程度の低い嫌がらせでもない。それに屈することで、私というアイデンティティーや、私という情熱を損なうことなのだ。

 ここであの時の行動を安易に悔いたりすれば、それこそ自分の中の活力にも自尊心にも傷が付く。その傷は一過性のもので、時間が経てばそのうちに癒えるだろうという根拠のない楽観的な判断がどうしてできよう。

 彼らの策にはまって心がやつれても、情熱だけは断じてなくしてはならないものであった。

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