第69話「毒された愚物」
今朝は
そうは言えども、屋上はまだ方々に濡れているに違いないので休憩場所の候補から外し、妥協案として図書室に行くも、さすがに今日は閉まっていた。
どうしたものかと思って校内をぶらつくと、二階の理科室が開いていた。授業日でもないのになぜ開いているのだろうかと思ったが、長机の上に雑然として置かれた数個のダンボール箱を見て理解した。
そういえばこの部屋は、棚の一部を学芸会用の衣装や小道具などの収納スペースとしていた。電気は点けずに暖房のスイッチだけを入れ、ダンボール箱の置かれていない席に腰かける。今誰か来たら、ここにいることについて何と言い訳すればよいか分からなかったが――そもそも、言い訳する必要があるのかも分からなかったが――、いずれにしてもたいしたことではない。誰もいない理科室は、普段と違って妙に清潔な空気が漂っている。
長机に突っ伏しながら、壁かけ時計の秒針に耳をすます。長机はひんやりとして、私の冷めた
まだ雨が降っていたら彼らと会話が出来ただろうにと思いながら、晴天の日差しを枕に休憩した。
「明日はいよいよ保護者鑑賞日だから、今日のような感じでしっかり頼むぞ!」
「はいっ、頑張ります!」
高杉や上村より早く、有馬が右手を挙げて宣言する。
「おぉ有馬ぁ、良い気合いだな。お前も最近、少しはましになってきたからなぁ」
首藤がいつもの馬鹿にした口調で、しかし多少の評価も付随させた様子で答える。
「ありがとうございます!」
そういえば、今日の有馬は珍しく髪の毛が整っている。自分で直したのか親にセットしてもらったのか知らないが、気合いの表れだろうか。首藤ほどではないものの、だらしない腹回りは相変わらずであるが。
「池原ぁ、明日ミスするなよ!」
有馬が振り向き、自信たっぷりな様子で私を指さして言った。
君に言われる筋合いはないなどと言い返す気は、これっぽっちも起きなかった。有馬のような奴を相手にそんな感情を少しでも抱くようになった日には、それこそ世も末というものである。
有馬もすっかり首藤に毒されてしまったなという呆れた気持ち――語尾の”あ”の音を伸ばすところまで影響されている点には、呆れを通り越して感心した――と、いつも散々馬鹿にされているのにどうして慕うのだろうかという疑問と、有馬のようなどうでもいい男であっても、やはり指をさされるのはいささか不快なものだという感情が、ひとつずつ順番に湧いてきた。
「はーい」
間延びした返事の直後、周囲にぎりぎり聞こえないくらいのヴォリウムで私のお腹が鳴った。
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