立冬
第59話「感情の投資」
失望を通り越してあきれたのは、あの有馬までもが、私に対して冷やかな視線を投げかけていたからである。
有馬も、私と同じく部下役と山賊役を並行していた。彼は、なぜか率先して二つの役を希望し――私と上村はくじ引きで決定した――、やる気を出して練習にあたっていたようだった。
有馬の記憶力や飲み込みのスピードはお世辞にも優れているとは言えず、セリフをとちったり動きが鈍かったりして首藤から指摘されることが多かった。
しかし、首藤の彼に対する指摘が私に対するそれのようにあからさまな敵意の込められたものではなく、なかば面白半分であったことは私から見ても明らかで、そのことが有馬自身に奇妙な自信を植えつけているようであった。同じように練習を中断させてしまうのであれば、首藤や他生徒たちの笑い者になることのできる自分のほうがその場の雰囲気づくりに貢献しているとでも言うかのような、そんな視線を投げかけてきた。
上村あたりが得意としそうなその
学芸会の練習というくだらないシチュエーションとはいえ、周囲から自分が有馬と同レベルという評価を下されるのは、やはり愉快ならざることであった。しかし、それでも私は首藤に
とある日の練習中、首藤の見えないところで二、三度あくびしていたところを上村や高杉に目ざとく見られ、首藤に告げ口された。
授業終了のチャイムが鳴り、各々体育館を後にしようとした最中に首藤から呼び止められ、足を止めると
その日の夜、両親ともに仕事で不在の間に玄関の全身鏡で確認すると、拳大の
また別の日には、途中で二、三分トイレに抜けただけで――これに関しては、無断で抜けた私にも落ち度はあるが――どこに行っていたのかと怒鳴られ、彼の贅肉たっぷりの腹でもって腹相撲のごとく何度も体当たりされ、その場に倒れ込んだ。体当たりされたのはあの時が最初で最後だったが、首藤のたるみまくった腹の気持ち悪い感触は、今思い出しても
このように二学期に入ってから、首藤の体罰レパートリーもバリエーション豊かなものとなっていた。
十一月上旬には、登校時に挨拶をしても周囲から完全に無視されるようになっていた。
どうせ返答がないので、律儀な挨拶はやめて黙って席につくよう方針転換するも、時折足を引っかけられたり、私の机だけ椅子を逆さにして乗せられるといった軽い嫌がらせを受けることもあった。それらはたいてい高杉やその仲間連中のしわざで、ことあるごとに首藤と衝突する私を完全に敵と認識しての行動だった。
彼らのつまらない嫌がらせに対し、私はただただ面倒だと感じた。
いくらこちらが相手にせずとも、そうした予期せぬアクションを起こされると脳は何かしら感じざるを得ず、その"否が応でも何かを感じてしまう"ことが面倒だった。こんなくだらない連中相手に、自身の感情の一部を投資させられることが馬鹿馬鹿しかった。足を引っかけられて躓いても、自席が掃除の時のような状態になっているのを見ても、私は何も口にしない。
高杉たちは足を引っかけながら「おっと、悪いねえ」などと言ってみたり、もしくはにやついたりすることで、自身の行為に満足している様子だった。
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