第55話「駆け引きなしの関わり」
夢を見た。
ソフィア祭最終日、浅井とルノアールで語り合った日の夜だった。もう何年も見ていなかった小学時代の夢を、すごく久しぶりに見た。
私の見る夢は、実体験に、時に過度とさえ思える脚色が付加されるのが最もオーソドックスなスタイルだが、あの日の夢は脚色の度合いとして実に的確な、むしろそれが事実なのではないかと錯覚してしまうほどに現実味を帯びたものであった。
孤独だった。自分がやるべきだと思うことを地道にこなしているにも関わらず、それが円滑に進むほどに孤独は顕在化するように思えた。
まるで、自分は生まれながらにそういう宿命なのだと神から啓示されているようにさえ感じる。腕や首筋や
浅井と話してあれほどの清々しさを分かち合ったというのに、どうしてまたそんな夢を見なければならないのかと、少し腹立たしい気持ちになった。
その感情は、しかしすぐに動揺へと変化する。囲碁部や茶道部の活動を通じて人並みの関わりを持つようになっても、私が根本的に人生に不向きな人間なのではないかという茫漠とした疑念が消え去ったわけではない。せっかくいくらか取り戻した気力も、ふとしたことでまた失われていくのではないかという懸念があった。
ここ何年も見ることのなかった、あの頃の夢を久方ぶりに見たことに対するほぞを噛むような気持ちだったのかもしれない。
木曜日、珍しくしゃっきりと目が覚めた。
酒を入れたからといって熟睡できる保証はないが、昨日は心地よく眠りについた。光蟲に打ち明けられたことで、たぶん
打ち明ける。そんな大それたことでもないのかもしれない。話したからといってどうなるわけでも、また話さなかったからといってどうなるわけでもない。
しかし、これまで小学時代の話を、あれほど
今日の授業は二限からだが、一限がある日と同じ時間に家を出て、四ツ谷のルノアールに足を運ぶ。店内は出社前のサラリーマンなどで混雑しているが、気に入りの端席が空いていた。
「ブレンドとAモーニングで」
今日も美脚店員がいないかと期待していたものの、残念なことにそもそも女性ですらなかった。
いつものように厚手のおしぼりに顔を
そして今一度、自身の感情を整理する。共感や同情を求めていたわけではなかった。ただ、聴いてほしかったのだ。
浅井でも白眉さんでも酒巻でも東でもなく、私は光蟲に話したいと思った。それだけは紛れもなく確かなことだった。
「お待たせしました」
中年の男性店員が、ブレンドコーヒーとバタートーストを運んできた。
たぶん、初めてだったのだ。他人と、なんの損得勘定も利害関係もなしに関わりを持つことが、あれほど楽しいと感じたことはなかった。
変に気を遣ったり迎合したりすることなく、自然に話して笑みをこぼしてしまうことが、今までにはほとんどなかったと思う。私は、だから彼に
バタートーストは、歌舞伎町店で食べた時よりも塩気が強くしょっぱいが、今の私にはとても甘いように感じる。
今日は、サボらず授業に出ようと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます