霜降

第16話「団体戦(秋)~好調」

 秋の団体戦は、春とは異なり青山学院大学で開催された。

 

 表参道も渋谷も場所としてはほぼ大差ないが、國學院大学の周辺よりは多少空気が豊かな気がした。大学内の木々は徐々に色づき始めているものの、あちらこちらから漂う銀杏の生臭さに露骨に眉をひそめる。


 例によって、今回も私がオーダーを組んだ。

 主将に、青法会と兼部している永峰ながみねさん、副将に井俣、三将に前年度部長の金村さん、四将に私、五将に将棋部の藤山ふじやまさんを配置している。井俣と私以外は四年生だ。

 永峰さんは井俣と同程度と思われる実力者だが、ここ数年は大会以外ではまるで囲碁を打っていないとのことだった。実戦不足を考慮して副将にしたほうが良いかと思い本人に聞いてみるも、池原くんの判断に任せるよとの返答であった。逡巡した結果、永峰さんにとって最後となる団体戦なので、今までどおり主将で思い切り打ってもらいたいと感じた。結局、春の関東リーグと全く同じメンバー、かつ同じ並び順となった。


 前回と異なる点としては、全七局のうち、最終日の二試合に紅一点の浅井が出場するということだ。初日の三局と二日目の二局はレギュラーメンバーで臨み、最終日の二局に出てもらうことに決めた(四将の私と五将の藤山さんが一戦ずつ交代する)。

 井俣の見立てでは彼女はまだ三、四級程度とのことで、ほとんどの参加者が有段クラスと思われるオール互先の大会は荷が重いであろう。徹底的に勝敗にこだわるのであれば出場させないが、チームとして勝ち星を量産することよりも、メンバーの皆が楽しめて、かつ良い経験ができたと言えることのほうが大切だと感じた。

 私らしくもない綺麗事だが、これから活躍が期待される一年生に、大会という貴重な舞台での対局を少しでも経験させてあげたいという親心に似た感情を、私は部長として抱いていたのである。念のため、浅井の出場について他のメンバーに確認したところ、みな快諾してくれた。浅井には、初日と二日目は出場しないので必ずしも足を運ばなくても構わないと添えておいたが、勉強のために観戦に行くと話していた。


 一部から五部までのうち、上智大学は春と同じく三部だが、対戦校は若干変動している。四部から昇格、あるいは二部から降格した大学があるからだ。前回、私の連敗を脱するきっかけを与えてくれた東工大学は、二部に昇格しており今回は当たらない。


 大会初日はまずまずの好調で、私は三局中二勝した。

 最後の一局で惜敗したが、内容は悪くなかった。勝った二局は我ながら満足のいく打ちぶりで、金村さんや井俣からも好評のコメントを頂戴した。チームとしては一勝二敗とやや苦しい出だしとなったが、団体戦はまだ始まったばかりだ。


「お前、ホント強くなったな!」

 初日を終えたところで、観戦に来た大学院生の白眉さんが私の肩を叩く。

「最近、わりと調子良いみたいで」

 やはり、先日の対局で白眉さんに勝てたことが大きな自信となった。

「悦弥さん、かなり強くなりましたよね。今度久しぶりに打ちましょうよ」

 井俣とは、夏休みを挟んで三ヶ月ほど打っていなかった。そろそろ彼からも白星を獲得したいと思いつつも、今は目前の大会に意識を傾注しなければならない。



 二日目は、一週間後の土曜日に行われた。

 余裕をもって早めに会場入りすると、浅井が来ていた。

 彼女は初日もそうであったように、チームの誰よりも早く来て待機している。他大学の選手も、まだ数人しか来ていなかった。


「おはよう。早いね」

 普段の授業は時々遅刻しているが、こういう時は私も早い。

「おはようございます。ちょっと早すぎましたね」

 対局開始まで、まだ一時間ほどある。

「先週もそうだけど、選手として出る日じゃないのに早く来ていて、偉いよね。

僕ならめんどくさくて来ないと思うよ」


「いえいえ、観てるだけでも楽しいので。そういえば、この本ありがとうございます。面白いし、選択式で取り組みやすいですね」

 浅井が、先日私が貸した二冊の棋書を鞄から取り出した。

「あぁ、それね。少し問題が古いけど、味のある局面が多いでしょ」

「はい。小目こもくの布石が中心ですが高目たかもくとかもわりとあって、なんだかひと昔前の碁って感じがしました」

「確かに、そんな感じかもね」

「とりあえず二周ずつやったのですが、もう少し借りていて良いですか?」

 本を貸してから三週間経つとはいえ、もう二周もこなしたのかと驚嘆した。

「構わないよ。ゆっくり読んでください」

「ありがとうございます」

 徐々に他の大学の部員も会場入りし、はやる気持ちで石音を響かせる選手もいた。


「明日出てもらう予定だけど、せっかく今日も早く来てくれてるし、一局出るかい? 僕、抜けても構わないから」

「いえ、池原さんせっかく好調なので、打ってください。観ているのも勉強になりますから」

 浅井が嫣然えんぜんと微笑む。

「分かった。じゃあ、明日ね」


 最近、浅井の表情が以前よりもいくらか豊かに見える気がして嬉しいと思った。

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