誘惑
「さあ、次はどの子が家に帰りたいのかな」
暗い部屋。夜ではないが、瘴気のせいだろうか、窓はあるが光が入って来ることはない。
そんな部屋に小さな影が数体見える。影は皆、歪な形をしていた。
「でも、少し数が減ったから、増やしに行こうか。 たまには放し飼いもいいかもね。 フフフフ」
明かりを通さない部屋に、くぐもった男の笑い声が響いた。
「倉橋さん!」
翌日智夏が教室に入ると、六花が駆け寄ってきた。
「昨日はありがとう!」
「・・? 何が?」
智夏は目を輝かせる六花に、押されながら手を握られた。
「助けてくれたでしょう」
「あっ、あれか」
智夏は心の中で舌打ちをした。
智夏はまだ、退魔局に関係していないが、陰陽師の家系であるのがバレるのは、智夏的に好ましくないと思っている。
「私は通り掛かっただけで、あの後、直ぐにおまわりさんが来てくれたよ」
智夏はおまわりさんという言葉を強調した。鬼の怪異ではなく、変質者の仕業と見せかけるようにと、靖義に言われているからだ。
「ううん、でも倉橋さんが来てくれたから、私は助かったの!」
「ああ、でも気にしないで」
(私も、倒れておじいちゃんに助けられたけどね)
智夏は、心の中で舌を出した。
「倉橋さん! いいえ、智夏ちゃんって呼んでいい? 私の事も六花って呼んで!」
顔を赤らめ、さらに顔を近づける六花の手に力がこもる。
「う、うん。いいよ」
六花の勢いに押され、智夏は愛想笑いを浮かべた。
「本当! 嬉しい! でね、今日良かったら」
「智夏ちゃん、授業が始まるよ」
六花の言葉を遮るように、彩音が智夏を連れて行った。
別に彩音は、六花と智夏の会話を邪魔する意図があったわけではないようで、普通に授業が始まるので、連れて行ったようだ。
「さ・く・ら・・めー」
六花は彩音の背中を、睨みつけた。
その日六花は、何度か智夏に話しかけようと、近づいて行くが、先生の呼ばれたりして、タイミングが合わず、放課後になってしまった。
「そこのお嬢ちゃん」
六花が校門を出ると、身なりの良い男が話しかけてきた。
「なによ、おじさん」
普段なら、無視するか、逃げていただろうが、智夏とのすれ違いで、イライラしていたのか、返事をしてしまった。
「思い通りにならない事があるようだね」
「おじさんには関係ないでしょ」
「ハハハハハ、これをあげよう」
男は六花の態度等、気にする事もなく、手のひらサイズの石を差し出した。
「これは何?」
「願いを叶える物だよ」
「この石が?」
六花は石を受け取ると、傾きかけた陽に照らして見せる。
「どんな願いでも叶えてくれるの? ・・・・・?」
返事がないので、男の方を振り向くと、男の姿は消えていた。
普段なら、気味が悪いと、石を捨てている所だが、六花は何故かポケットに入れてしまった。
「邪魔者を消してしまえば、智夏ちゃんを私だけの
校門を背に歩き出す六花のポケットから、黒い靄が立ち昇り、傾きかけてた陽を陰らせていった。
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