一人で頑張る
住宅街、街頭と街頭の間。暗がりの空き地前に黒い影が降りる。
心なしか、肌に感じる温度も冷たく感じられてきた。
「瘴気が降りてきたわね」
智夏は正面を見据えたまま、背後の六花を庇う。
「く・らはし さん・・・」
六花は初めての恐怖と、助けが来た安心感からか、崩れるように、その場で気を失った。
背後で、六花が倒れる気配を感じたが、智夏は彼女を介抱する余裕はない。
「お ぅち」
影が後方に下がり、街頭の光に照らされ、異様な姿が浮かび上がる。
小さい身体に不釣り合いな長い腕。膝の関節が変形して、足が異様な方向を向いている。そして頭は変形し、目は左右離れ、鼻があった部位に小さな穴が空いている。
鬼だ!
角があり、牙があるのが鬼ではない。異形の者、これを総称して鬼というのだ。
「ゕ え る」
犬歯が伸びた口から、呼気を吐くように、声が漏れた。
智夏はポケットから、呪符を取り出し、指で挟んだ。
「六根清浄急急如律令!」
智夏が念を込めて、呪符を鬼へと放つ。呪符は途中で、白い小虎へと変化し、鬼に牙を向ける。
鬼は小虎の攻撃をかわし、智夏へと飛び掛かった。
智夏は素早く呪符を取り出し、鬼の顔に貼り付ける。
ヂヂィーーーー
鬼の額に炎が上がる。鬼は奇声をあげ、後ろに下がった。
距離をとった智夏は、ポケットに手を入れ、呪符の枚数を確認する。
「後2枚か、だから陰陽師は嫌なのよ。魔法少女だったら、ステッキで攻撃できるのに!」
呪符が無くなれば、智夏は無防備になる。小虎が鬼を威嚇しているが、残りの呪符と小虎を組み合わせて攻撃を考えなければ、鬼にやられてしまうだろう。
「やるしかないわね・・」
智夏は残りの呪符を取り出し、念を込めるように、自分の顔に近づけた。
「六根清浄! 急急如律令!」
呪符を連続して、鬼の左右に放つ。地面に着く寸前に、それぞれの呪符が小虎へと変化した。
「何とか変化してくれたわ」
呪符は簡単に使えるわけではない。呪符を槍に変えたり、式にして動物に変化さすのは、霊力と鍛錬が必要だ。智夏の年齢で、同時に3体の式を操るのは、至難の業と言えるだろう。
「右! 左! 前!」
智夏は声を出しながら、両手を振り、身体を動かしながら小虎を操る。
思念だけで操るには、まだまだ鍛錬が足りないのだ。
「跳べ! 跳べ! 跳べ!」
三匹の小虎が、三方向から鬼へと飛び掛かる。同時に飛び掛かるのではなく、時間差で飛び掛かる。
智夏の額に汗が浮かぶ。三体の式を操るのに、相当な霊力を消耗しているのだ。
一匹が足から、次に胴体、最後に頭上から、次々に鬼へと襲い掛かる。
鬼は足へと食いつきにきた小虎を、長い腕で叩き潰し、胴にきた小虎を歪な膝で蹴飛ばした。だが、頭上への攻撃まではかわせずに、頭に喰いつかれ、バランスを失い、その場に倒れた。
「くう、後一手あれば・・」
智夏は額に汗を浮かべ、霞む目を必死で凝らしながら、残った小虎へ指をさす。
「うう・・」
必死に精神を集中する。
バタリ!
式を動かす事だけに精神を集中するが、そこで意識が途絶えた。霊力が切れ、意識が飛んだのだ。
ギュルルルル
倒れていた鬼がフラフラと起き、智夏の元へとふらつきながら近づいて行く。
鬼が智夏に長い手を伸ばした時、風に乗りながら、一枚の札が飛んできて、鬼の顔面に張り付いた。
グギャーーーーァァァ!!!
鬼は悲鳴を上げ、後方へ下がり、顔面を両手で覆う。
鬼の指の間から、青い炎が立ち上がり、身体へと移っていく。
ウェーー お うち かぇ り ぃ
やがて青い炎は、鬼の全身を包み燃え上がる。
「哀れだが、もう魂しか家には帰せん。すまんのう」
いつの間にか、男が二人、智夏の傍らに立っている。
一人は老人で、もう一人は屈強な身体を隠すように、高級なスーツを着こなしていた。
老人、靖義が燃え尽きる炎を見つめている。
「この歳で三体の式を操りますか。しかも別々に」
スーツの男は、鬼の亡骸に見向きもせずに、智夏を抱き上げる。
「ふん、まだまだじゃ」
スーツの男から智夏を受け取り、少し口元を緩めた。
「時期が来たら、田垣に預ける」
「育て甲斐がありますね」
「しごき甲斐の間違いじゃろ」
「ハハハハハ、楽しみにしてますよ」
「では、そちらの娘を頼む」
老人はスーツの男、田垣に背を向け歩き出した。
田垣は老人の背が見えなくなるまで見送った後、煙草に火をつけた。
「後、何人の子供を葬らねばならないのか」
吐き出した煙が、暗い夜空に吸い込まれていった。
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