忍び寄る影
「じゃあねー」
「またねー」
塾帰りの子供達が手を振っている。時刻は夜の9時を過ぎた位だ。
塾の周りは交通量も多く、歩道には家路を急ぐ人の姿も窺える。
宇藤六花もそんな中、家へと向かい、自転車をこいでいた。
塾は8時には終わっていたが、友達との会話が弾み、今の時間になってしまった。
通りは交通量も多いが、住宅街に入ると、車の往来は無くなり、この時間になると、人の姿も見えない。
しかし、各家に明かりは灯り、街頭も点いている。
六花にとってはいつもの事なのだろう、急ぐ事もなく、普通に自転車をこいでいた。
「ふぅー ここがしんどいのよね」
彼女はひとりごちながら、坂道の手前で自転車を降りた。
自宅への道で、キツイ勾配の坂道があるのだ。ここからは、少しの間自転車を押して登る。
「ここだけいつも暗いのよね」
六花はわざと声を出して、空き地の前を通りすぎる。坂の途中で、キャッチボールができそうな空き地があり、周りよりも暗い。
「ここにも、早く家が建ってほしいわ」
暗がりの不安から、ボヤキを声に出す。でも、その後気持ちを切り替えるように、少し頬を赤らめた。
「今日は少し、倉橋さんと話をしたわ。やっぱり綺麗な顔立ちだったなあ」
実は六花は、智夏の事が好きなようで、素直に話しかけられないらしい。昼間の文句を会話と思い、楽しい事にして、空き地の前を通り過ぎようとしていた。
カサ!
暗がりから音がした。六花は一瞬だけ立ち止まり、速足で自転車を押す。
カサカサ!
再び音がした。彼女は空き地の方は見ず、前方だけ見据えて、自転車を押す。
しかし、坂がキツイので、平地のような速さでは、自転車を押して走れない。
カサカサカサ!
「いやー!」
ガシャーン
六花は自転車を放り出して、走り出した。
シュン!
彼女の前で、急に小柄な影が道を塞いだ。
「お ぅち」
影が何かを言いながら、六花へと手を伸ばしてきた。その腕は長く、人の物とは思えない。
ニュル
得体のしれない感触が、六花の腕に伝わる。悲鳴を上げれば、周りの家から人が出て来てくれるだろう。しかし彼女は、あまりの恐怖から、声が出なくなってしまっていた。
「六根清浄! 急急如律令!!」
紙切れが六花を掴む腕に張り付いた。紙は淡いオレンジの炎を上げる。炎は影の肩の方へとのぼって行く。
ギィーーーーー!!!
影が六花から手を放し、後方へと退いた。
「おじいちゃんの見回りについてきたら、これだわ」
六花の前、影と対峙する形で、髪の短めの少女、倉橋智夏が立っていた。
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