或る石の一生

最近は痛風気味

第1話 或る石の一生

 「なあ、見ろよ。この石」

 宏は茶色掛かった石を指さして、何時もの「わるガキ」三人組を引き連れて

言った。

 「なんかこいつ、うんこみたいだぜ」

 「本当だ。きったねぇ」

 「どうする?触ってみるか?」

 「嫌だよ。うんこだったら最悪じゃん」

 「でも、石みたいだぜ」

 「そんなのわからないじゃん」

 「よし、わかった」

 宏は、その石を靴先でちょこんと蹴ってみた。石はころっと二、三回転して止まった。

 「ほら、やっぱり石だぜ」

 「そうだな。へんてこだな」

 宏はそれが石と思って、もう一度さっきより強めに蹴った。石は先程よりは転がったものの、思ったより転がらない。

 「あれ、意外と転がらなねぇな」

 「やっぱり石じゃねぇんじゃね?」

 「そんなことねぇよ。感触も固いぜ」

 「ガチガチになったうんこだよ、やっぱ」

 「じゃあ、水に溶ける様だったらうんこだな」

 宏は思い切り脚を振り上げ、道端の左側にある水路に向かってその石を蹴り上げた。すると、その石は勢いよくころころと転がり、水路にぽちゃんとその身を水路に隠した。

 三人は水路に駆け寄り、水没したその石の様子を窺う。その石が水に溶けるか水路をじっと覗き込んでいる。二、三分見ていたが、特に変わった変化は無い。

 「ほら、やっぱり石だぜ。溶ける感じねえし」

 「そうだな。宏が正しい」

 あはは、と笑いながら三人は何時もの通学

路を後にした。


 数日後、わるガキ三人組は、その石がどう

なったか確認しに水路に舞戻って来た。

 「おい、あの石あったぜ」

 宏が先日蹴り上げた茶色い石を指さして皆

を呼び集める。

 「あはは、やっぱあったな。ウケる」

 しかし、その石は流されたせいか、丸くな

り若干輝いている。

 「溶けてねえから、やっぱ石だ」

 あはは、と笑いながら水路を後にした。

宏の心の中には何かが引っかかっていた。


綾乃はひとりで通学路を歩いている。ふと

水路に目をやると、茶色く輝く丸い石に引き込まれた。

 「きれい」

 徐に水路に手を伸ばし、その石を拾い上げた。宝石まではいかないものの、ひと際輝く石になっていた。しかし、石にしては少しやわらかい感触を覚えた。そこが気に入った綾乃はその石を家に持ち帰ることにした。


 

「ただいま」

 綾乃が言っても返事が無い。両親が交通事故で他界してから、耳の遠い祖母と二人暮らしである。

 暫くして、腰の曲がった祖母がとぼとぼと綾乃を向かい入れる。

 「おかえり、綾乃ちゃん」

 「ただいま、ばあちゃん。ごはんの支度しようか」

 それが何時ものルーティンになっていた。

 

「今日、これを拾ったの。綺麗でしょ」

「おやまぁ、綺麗だこと。どこで拾ったんだい」

「帰り道の水路よ。でも、何だか石にしては少し柔らかいの。ふしぎ」

「ほう、それはめずらしいのぉ」

「ばあちゃん、何か知ってるの?」

祖母は少し笑って、

「それはお守りじゃの」

そう言って、祖母は石について多くを口にしなかった。


夕食を済ますと、綾乃は学習机に座り、両肘を立ててしげしげとその不思議な茶色い石を観察した。色や輝きはもとより、その感触に興味を持った。石にしては少し柔らかい。

なぜだろう、と思って触っている内に、あんドーナツに見えて来た。綾乃は下の洗面所に行き、ごしごしと大切そうに洗って、二階の自分の部屋に駆け上がると、水滴を拭いてその石を齧ってみた。

「あれ?」

味などするはずはないが、感触はグミの様だ。が、それよりも固い。綾乃は余計に興奮して来た。

「おもしろーい」

二、三回齧っても同じ感触がする。きゃははとその石を片手に、ベッドに転がって喜んだ。その日から、綾乃はその石を小さな布袋に入れて首に掛け、大事なお守りにした。

宏は、何だかあの蹴り上げた茶色い石が何なのか気になっていた。すると、再確認するためにひとりであの水路を訪れた。連れに茶化される事を危惧したからだ。

当然、そこにはお目当ての物は無い。辺りを捜すが見当たらない。

〈流されたんだろう〉

と自己解決して、心を残して水路を後にした。


綾乃は拾った石をお守りにして登校するようになった。それから二、三日して宏の目に留まった。

「おい、綾乃。その首からさげてるの何だよ」

「お守りよ」

「ちょっと見せてみろよ」

「嫌よ、大事だから」

綾乃は袋の上からその石をぎゅっと握りしめている。

それを聞きつけた取り巻き二人が加勢して綾乃を封じ込める。

「お守り?気になるなぁ」

「何が入ってるのかな」

宏の号令で、綾乃のお守りを強奪に掛かった。周りの連中は巻き込まれまいと傍観している。

「やめてよ!」

綾乃が叫ぶと同時に、お守りの紐が切れて

茶色い丸い石がころっと姿を見せた。と同時に綾乃はさっと拾い上げた。宏ははっと思った。

 「おい、見たか?茶色かったよな?」

 宏は取り巻きに確認する。

 「そうだな、なんかどっかで見たような」

 「やっぱり水路に蹴り込んだ、うんこ石だぜ」

 「あはは、そんなもんがお守りなのかよ。

 きったねぇの」

「どうかしてるんじゃね?」

「何よ。悪い?」

綾乃が反論する。

「別に悪かぁねえけどよ、そんなのお守り

にしてることがムカつくんだよ!」

宏が再び綾乃に襲い掛かる。流石に身の危険を感じた綾乃は咄嗟に石を投げつけた。

〈ごめんなさい〉

と心で念じた。

石は宏のおでこ辺りに命中した。

『びちゃ』

と、袋に入った液体が破れるような音がすると同時に物凄い異臭を放った。

「うわ、くっせー」

教室にその匂いが瞬時に充満する程強烈だった。

宏の顔は茶色い液体塗れになっている。皆鼻をつまんで宏の無様で異臭を放つ姿に人射し指で公開処刑している。取り巻き二人は距離を置いてくすくす笑っている。

それ以来、宏は登校する事は無かった。

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或る石の一生 最近は痛風気味 @Kdsird1730

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