第6話
山田は誓約書のいちばん下の契約解除時の違約金欄をトシの割にはきれいな指で示した。千紗季の白い顔からさらに血の気が引いて純白になった。
「よし、ソコドルになる気構えができたところで、まずは掃除からだな。」
「家政婦になるなら、せめてメイド服を貸しなさいよ。ワハハハ。」
山田だけでなく、周りのジャージ女子は大失笑の渦となった。
「メイド服だと?ステージ衣装を掃除に使うなど、メイド服への冒涜だぞ。なんのためのジャージだと思ってるんだ。そのままで十分だ。」
「メイド服がステージ衣装なら仕方ないわ。」
意外にもあっさり受諾した千紗季であったが、掃除をちゃんとやったあと、トイレの壁にさんざんキズをつけていた。
当然ながら、壁の修復には、キズつけの百倍の時間と労力を費やした。
「今のは自分の落とし前、汚れたケツを拭いただけだからな。さあ、もっといろいろやってもらうぞ。」
芸能界は年齢に関係なく、新しく入ってきた者が最下位の格付けとなり、虫ケラ扱いとなることから、千紗季は家事雑用全般を一手に引き受けたのである。
「ここをすべて掃除しろって言うの?」
今はイベント中で、人はマネージャー以外にはいない。部屋の広さは学校の教室以上である。壁には20台のドレッサーが設置され、衣装掛けが整然と並び、大きな机が3つ置かれている。
千紗季は学校での掃除に慣れていたものの、生徒全員でやるのと、ひとりでやるというのは、30倍の差がある。
「はあはあはあ。どうしてこんなことをしなきゃいけないのよ。」
「こんなことをしただと?掃除なんてできてないぞ。ここがまだ汚れてる。」
「窓のサンはちゃんと拭いたわよ。」
「ここには窓はないだろう、地下なんだからな。言ってるのは、ここだ。こんなに汚れてるぞ。」
山田は、指で机の裏側を触って、ついた埃を見せた。
「そんなところまで普通はやらないでしょ。それにそこが汚れてるとしたら、前の人が悪いんじゃないの?」
「責任転嫁はよくないな。仕事は今の担当者がすべて受け持つ。そういうものだ。」
結局、ブツブツ文句をたれながら机の下を拭いた千紗季。
「よし、ここまではOKだ。じゃあ、今日からとなりの部屋で合宿だ。」
「合宿ですって?そんなの、イヤよ。家に帰るわよ。」
「誓約書にはソコドルとして共同生活するように決められているぞ。」
「アタシは高校に入学したばかりなのよ。こんなところにいたんじゃ、学校に行けないし、授業も受けられないわ。」
「それは心配いらない。学校の単位はソコドル活動をすれば代わりになる。つまり、高校には通ったことになるから問題ない。」
「それなら安心ね。・・・じゃないわよ!出席扱いになったとしても授業に出なくちゃ勉強できないじゃない。」
「数学勉強したいか?数学なら三角関数、古文の上二段活用。物理の重力加速度。」
「そんな専門用語知らないわ。それっておいしいの?宇宙共通言語?」
「いずれも高校に入学したら、4月に登場するカリキュラムの基礎用語だ。」
「全然知らないわよ。」
「ならばあたしが特別に教えてやろう。」
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