第4話
千紗季はつかさから渡されたメモに書かれた場所にやってきた。
「この住所、どこかで見たことがあるわね。いったいどこだったかしら、って、この前の受験会場じゃない!」
一度来ている場所だとわかると、大胆に動いてしまう。誰しもそうであるが、千紗季の場合は特にそれが顕著に現れる。単純明快と言うべきか、自分に素直なのか。それを告白分野に応用できないのが残念な性格でもある。
「つかさの情報では、このビルの地下にあるらしいけど、所在地を示す表示板とかが見当たらないわ。地下というのが間違いなければ、エレベーターに乗るしかないわね。」
千紗季は玄関左側のエレベーターホールに足を向けた。
10基のエレベーターから少し離れたところに、小さなエレベーターがあった。他のエレベーターの半分ぐらいしかない小さなもので、ドアが薄汚れている。
行き先指示ボタンの下に、一枚の紙が貼ってある。そこには、『地下アイドルを希望の方は地下50階へ。』と手書きで表示されている。
「地下50階って、最下層じゃないの。このビルでいちばん偉い人、事務次官って言うんだっけ、地上50階が最高位なら、地下で最も権力を振るえる者は地下50階にいるはずだわ。ひははは。」
卑しげな怪気炎を上げる千紗季。
エレベーターを降りると、天井の低い廊下が見える。廊下の左右には部屋があり、人がいる気配があるが、何となく中を覗いてはいけないという動物本能的なものが、千紗季の行動を抑制した。
千紗季は、ずっと歩いていき、いちばん奥の部屋まで来てしまった。
錆び付いた旧式な丸いドアノブ。ドアガラスもよく見ると割れてセロテープで止めてある。そこには張り紙がしてあった。やはり手書きである。そこには、『マジカル地 アイドル事務所』と書いてある。
「地下の下という文字がなくなってるわ。ずいぶん長い歴史を感じるわ。きっと、深い、不快伝統があるのよね?」
すでに漠然とした不安感が拭えなくなってきた千紗季。手に冷や汗が出てきたのを感じていた。
千紗季は、恐る恐るドアを開けた。『ギィィイ』という、耳障りな音を立てて、中に入ると、赤いジャージ姿の女子が数人いて、床の雑巾がけをしていた。
「今は、掃除中なのかしら。」
グレーのスーツ姿の女子が千紗季のところにやってきた。ショートカット髪が似合っている。目つきは鋭く、『デキるオンナ』という雰囲気がある。
彼女は腕組みしながら千紗季を上から下まで眺めて、フンと軽く鼻を鳴らした。
「あたしは、マネージャーの山田花子だよ。ようこそ、地底アイドル、略してソコドルの世界へ。」
「地底?地下じゃないの?」
「ここは地下の中でも最下層のアイドルの掃き溜めなんだよ。あんた、アイドルになりたいんだね。さあグズグズしてないで、ジャージに着替えて、そこにある履歴書兼誓約書にサインしな。」
「まだアイドルになるとか、言ってないわ。今日は見学に来ただけよ。」
「いきなりクーリングオフ要求とか百年早いぞ。ここは入場無料じゃない。帰ってもいいけど、10万円払いな。」
「いきなりワケのわからない要求だわ。」
「もう一度一階に戻ってみればいい。ちゃんと書いてある。」
「詐欺商法じゃないの!」
「ここはそういう世界だよ。これぐらいで逡巡するようなら、アイドルなんかやる資格ない。負け犬に遠吠えする権利なんかない。」
「それって完全に脅しだわ。ここって魔法少女省、お役所でしょ。上の階に行って訴えてやるわ。」
「地上に登る?昇殿が許されると思ってるのか?殿上人はソコドルとは住む世界が違うんだよ、そもそも物理的に地上と地底の差があるけど。地底から世界の中心に叫んでも声が届くことはないんだよ。」
「何それ?それならさっそく行ってみるわ。」
「おっと、一揆を起こすから、一般人じゃなく、ソコドルになってからでないと、訴える権利・根拠がないだろう。」
「それもそうね。名ばかりソコドルとして、とことん説明してくるわ。」
こうして、千紗季は履歴書兼誓約書にサインして、エレベーターに踵を返して、一階で降りた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます