第三話 使者、参上

 「武田だと?何故武田家の其方が駿河におる」

 「貴方様を、御迎えに上がる為に決まっておりましょう」

 俺は板垣信方そのおとこを警戒していた。

 見窄らしい格好をしているが、心の内に何か、恐ろしいものを隠している。


 「晴幸殿……」

 若殿は俺の裾を握る。

 彼女もどうやら、この状況が理解出来ている様だ。


 「態態わざわざ来てもらった様だが、申し訳無い。御断り致そう」

 「訳をお聞かせ願えますかな?」

 (しつこそうな男だ)

 俺は板垣の目を見る。



 板垣信方


 セントウ  一三三七

 セイジ   一七二一

 ザイリョク 一一五三



 流石は武田家家臣、そこそこの値を出してきやがる。

 俺は板垣を睨んだ。


 「儂は今の生活を壊したくはないのだ」

 「その女子おなごとのか?」

 どうやら、強面の睨みは聞かない様だな。

 板垣の笑みに腸(はらわた)が煮えくり返りそうになるのを抑えるのが精一杯だった。


 「……何故、武田殿は儂に来てほしいとお考えか?」

 そもそも、どうして武田が俺のことを知っているというのか?


 「甲斐では善く知られておる話だ。

  昔、兵法において幾度と武功を立て、其の度に勝鬨かちどきを挙げたと。

  それは、貴方様の見事な采配と軍才の賜物。

  そんな男が牢人とは、誠に勿体のうござる。

  その才を、我ら武田に貸してはくれぬか?」


 それは俺が転生する前の話だ。と説明しても、恐らく分かってはくれないだろうな。

 しかし、俺を重要視する理由は分かった。

 

 「我が殿は、知行百貫で召し抱えようとお考えじゃ」

 「ひゃっかんだと……?」

 その言葉に、俺は眉をひそめる。

 「勿論、大屋敷も構えようではないか」


 百貫は石高に直せば約二百石。

 現代で言えば、約一千五百万円。其れに加え、屋敷までも付けてくるとは。

 やはりおかしい。牢人風情には有り得ない優遇だ。


 「裏があるとしか思えないな」

 俺の言葉にまさかと笑う板垣は、俺の手を握る。

 「一度、我が殿に会っては頂けぬか。」


 何を言っても無駄なようだ。

 しかし、俺は誰にも従える気はない。

 俺は、この世界の主人公ではないのだから。


 もし俺が信長や秀吉、家康だったなら、天下統一だって成し遂げられただろう。

 しかし山本勘助は、実在するかも分からない程に資料の少ない男だと何かの本で読んだことがあった。

 そんな俺が、易々と表舞台に出るべきではない。

 実は俺が此処に来た理由も、山本勘助という人間に転生した理由も、未だに見出せないでいるのだ。


 俺は、信長にも秀吉にも、家康にもなれない。

 ひっそりと平穏の暮らしを送る方が、何倍も幸せだ。


 今は一刻も早くこの場を切る為に、最適な言葉を考える。

 「……分かった。そこまで言うならば考えておく」

 板垣はそうかと言い、頷きを見せる。


 恐らく板垣は、再び此処へ来るだろう。

 そうなる前に、二人で此処から逃げてしまおうか。



 「ならば、答が出るまで、此処に居させてもらおうではないか」



 俺はその言葉に、驚愕する。

 こいつ、断らせる気が無い。



 本当に厄介な奴だ。

 俺は板垣に向けて小さく一度、舌打ちをした。

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