第2話 消えた親友

 時間は夜七時前、久しぶりに料理を作ってくれる星野月菜。

 その後ろ姿はとても心強くて温かく、水色のロングヘアーが楽しそうに揺れている。

 そして台所から漂うハンバーグの香ばしい香り。


『ピンポーン』

 インターフォンが鳴り先程の事を思い出す。

「ま、また……?」

 私が立ち上がろうとすると、横にいた龍生が私を片手で止める。なんか凄く照れ臭い。


「あ、ありがと。でも多分いつものお酒だと思う……」

 ゆっくりと玄関へ行ってドアを開ける。

 宅配便のお兄さんも本当は偽物なんじゃないかともしも理論を考えてみる。


「サインお願いしま……だ、大丈夫ですか?」

「あ、は、ふぁい。大丈夫です……」

 やっぱり震えていたらしい。


 膝の笑いを抑えつつペンを受け取ろうとする。

「あっ」

 手を滑らせてペンを落とす。

「す、すみません……」

 膝を落としてペンを取ろうとする。男が笑っているんじゃないかと恐怖に耐えながら。


「大丈夫、俺が書く」

 龍生が先にペンを取り、サインを済ます。

「ありがとうございました~」

 配達員は軽く礼をすると階段をそそくさと降りていく。


「なんか、ごめん……」

 また面倒をかけてしまったと罪悪感に苛まれる。

「あ、ごめん最中もなか。最中って書いちゃった……」

「ぷはっ、龍生らしいな」

 後ろから当夜が龍生の肩に手を置いて揺する。


「できたよー!」

「つーちゃんのご馳走だぁ~」

 当夜は目を輝かせながら台所へと移動する。月菜に抱き着いたと思いきや、正座して蹴られている。


「私達……」

 マイナスな気持ちに左右されて不安を吐き出そうとした時……

「邪魔じゃないさ、きっと。あの二人はそんな事思わないほど純粋なんじゃないか?」

 龍生がいつものように元気付けてくれる。


「ありがと……」

「おう」

 今度は龍生が少し照れ臭そうにしている。

 本当にいつもいつでも頼りになる。ゲームでもなんでも。

 そんな私達を見つめる月菜に、私は全く気付かなかった……ふりをした。


 実は最近、じろじろ見られている気もしている。

(悪いものじゃないといいな……)

 逸らし続けるのも失礼だから見つめ返すと、一瞬顔を赤くして目を逸らされてしまう。


「なんかあったのか?」

「ううん、大丈夫。分かんないけど」

「お前もよく保険をかけるよな……」

「ゔ、ゔゔ!」

 咳払いをして軽く彼の足を踏む。

「わ、悪い悪い。あはは」

 失礼なのがたまにキズ。



「うまいうまいぃ」

 当夜は元気にハンバーグを食べ、口元にソースを付けている。

「あ、ソー……」


(あれ?私が言っていいのか?こういうのは月菜に任せた方が……)

 空気を察したのか彼女が無言でティッシュを取り、彼の口元を拭こうとする。


「そ?そひん?」

 彼の言葉の意味を分かり、誰に普段そう言われてるかを考えるとぎょっとする。


「い、いはいいらい」

 彼女が彼の頬をそのままつねっている。恥ずかしそうに……



 ご飯も食べ終わり、一時間程皆の話しながらテレビを見ていた。

 そうすると当夜が帰る素振りを見せる。


「あれ?もう帰るの?」

「ちょ、ちょっとね……?だ、だってほら、なんか有名なゲームの発売日なんでしょ?」

 私が聞くと、月菜が気まずそうに話す。目がとっても泳いでいる。


「まーそうだけど、えへへ」

「ちょやめ、撫でるなぁ~」

 彼女が頭をくしゃくしゃと撫でられている。


「?」

「んじゃ、またね!」

「うん、またね?」

 訳が分からないまま、当夜を送る。


「ああ、またな――っておい!」

 龍生も手を振るが、その手は引っ張られ連れていかれる。

「お前も帰るんだ!ほら、帰ってあれやろうぜ!」


「え、ええ……俺もうちょっといたかったんだけど……」

「あ、あれ?なんか大事な話邪魔しちゃった?」

 当夜は急に申し訳なさそうな態度を取る。


「いや、ちょっと心配だったから……」

「ありがと……」

 私もいつも通り、感謝の気持ちが漏れる。

「なら!今日んとこは!頼むわ!」

 当夜が手を合わせて頭を下げている。

「わかったわかった……」



 二人は帰ってしまい、月菜と二人。私の家ではよくあることだ。

 実際、連絡も欠かさずに一番会いに来てくれるのは月菜だけ。

 いつも私の言葉に耳を傾けてくれて、本当に心の支えだ。


「ふぬぅ……」

 くてんと彼女は眠り、私の肩にもたれかかる。日向と石鹸の良い香り。

 いつ見ても綺麗な水色のロングヘアーだ。薄くて綺麗な青緑、水色強めのエメラルドカラー。


 髪に見惚れて触れていると、月菜の頭がぴくりと動いて目を覚ます。

「起こしちゃった……?」

「か、髪……恥ずかし」

「あー、ご、ごめんね」


「もうお風呂入って寝る準備しなきゃね?」

「うん……」

 彼女は寝惚けているのか、可愛らしい声で反応する。



 お風呂を追い焚きして、先に布団を敷いてしまう。

 勿論布団は一つしかない。だから二人に泊まられなくて本当に良かった。


「ふにぁぁ~~」

 月菜が用意してる布団の上でゴロゴロする。

「も~~!はい、布団ですよ~」

 少しずれちゃったけど、可愛いので気にせず布団をかけてあげる。


「あれだったら月菜はお風呂入らなくても……」

「だめ!入る!」

 彼女は布団をばさりと押しのけて起き上がる。


「で、でも良い匂いだし……」

「そーかなぁ……」

 自分の匂いを気にしている。素直だなぁ……


「じゃ、先に入ってるね」

「うん」

 また布団に潜ろうとする……

「んー、なら一緒に入る」

「ふふぇっ!?」

 またまた布団を押しのけて、目を見開いてこちらを向く。


「い、嫌だった?」

 流石に距離が近すぎたかなとちょっと気を遣う。

「嫌じゃ、ないけど……恥ずかしい、かも」

 起き上がったまま、布団を掴んで恥ずかしそうにしている。


「じゃ、また今度にする?」

「う、うん!心の準備しておくね!」

 そこまで大袈裟なものなんだ……

 私ってば経験もしてないのにまた軽い事言っちゃった……



「ふぅ……」

 お風呂で体をシャワーで流し、昔の記憶を呼び覚ます。

 高校からは月菜がずっと私に仲良くしてくれたから、心を開いていられたけど……最初は本当にどうなるのか不安だった。


 月菜は悪くない。むしろ笑顔でいつも暗い気持ちを吹き飛ばしてくれた。

 その原因は中学時代にあった。

 朝から学校に行けない事に、いくら私がいじめられていても二人の親友がいた。


 どちらも女の子。しかも小学一年生から。

 二人で遊ぶこともあったけど、三人でいたときはもっと楽しかった。


 小学校も途中から行けなくなった時、それでも仲良くしようなんて友達は中々いない。

 そんな友達を私は……裏切った。殺した……


 いつも通り私は、男子や先輩達に学校の体育館側男子トイレの個室で、慰めモノにされていた。

(今日は三人……頑張れば、早く、終われる……)


 その時、男子に連れられる聞き慣れた女子の声がした。

「いやぁっ!やめて!」

「はなして……」

 一人、川嶋瑠衣かわしまるいは強気に。

 もう一人、富山華子とやまはなこは泣きそうになっている。


 私は口を塞がれて身動きが取れない為、男子の太ももをつねると後ろから蹴られて倒れ込む。

「きゃっ!」

「調子こいてんじゃねーぞくそアマ!!」

 もう一発蹴りを脚部にかまされる。


「最中!?あんた達やっぱり!」

「最中ちゃん……私に力があれば……」

 二人は怒り、悔しそうな声を漏らす。


「おいおい?そんな口聞いていいのか?」

「なによ!悪いことしてるのは……」

『ドンッ!』

 鈍い音がする。

「る、瑠衣ちゃん!!」

 どうやら瑠衣が倒れたようだ……


「おいおい、お前は外眺めてないでこっちだろっ!」

「うぶっ……!?」

 私はまた口を塞がれ、先程より身動きが取れなくなる。

「逃げ、て……?」

 瑠衣が華子に指示をする。


「それ俺達が言うはずだったんだけどなぁ……?」

「まあ先輩は?あの金髪女をいじめ殺してやりてぇからなー。それにモブは犯しても楽しくねぇし、裏切って帰ってくんねぇか?」


 華子はとても優しい。そして瑠衣はかしこい。時にそれはぶつかったりもした。

「わ、私……帰れないよ……」

「んぉ?帰って良いんだぜ?」

「いいの!帰って!帰るの!」

 言葉の意味を私もやっと理解した。つまり先生を呼んでこいという事。


 少し間が空くと……

「ごめんなさい……!!」

 華子はいつもより感情的な喋り方で逃げる。


(よし!)

「あー、そいや先生は無理だぞぉ?先生公認だからなぁ~!ふははっ!まじで積みじゃん?こいつら」

 別にそれでも構わない。せめて抵抗できない華子は逃げてほしい……


「逃げなさいっ!」

「うぅっ……ごめんなさい!」

 タッタと駆け足が聞こえて安堵する。

「おい!固まってんじゃねえよ!」

「最中!今助けるから!」

 それでも瑠衣は諦めない。男に捕まってもなおドア越しに叫んでいる。


「ぐふぁっ、ごほっごぼっ……もう、いいから……」

「へ?」

 男達に乱暴されるのを覚悟して言葉を告げる。だが手は出してこない。余程私をいたぶりたいんだろう。


「もう、いいからっ!私は無責任な奴だから……」

「そんなことない!」

 私は決断した。その手を振り払うしかないと。


「二人とも、福祉センターに行って……転校の相談して?」

「おい!」

 男に怒鳴られる。

「私は逃げられない……」

「分かってるじゃねぇか」


「無理よ……!」

「私がいると二人は酷い目に遭うの!分かるでしょ!!それが……辛いから、ごめん」

「ほら、わがままだろぉ?」

「違う……」

 それでも瑠衣は否定する。


「私の前からいなくなって?もう、忘れて?」

 はっきりと言えなくて言葉を曖昧にしてしまう。

「無理よ……」


「じゃあ……あなた達二人がとっても嫌い。もう私の前から――んぶっ!?」

 また口を塞がれる。

「なげーんだよっ!」


「最中!私は!嫌われても……良いから!」

 それでも瑠衣は諦めない。本当に困った……

「どうする?こいつもやっとくか?」

(瑠衣……ごめん、なさい。私がもっと強く振れば……)


「あれ?君達?何してるの?」

 トイレの外から通りがかった担任の女性教師の声が聞こえる。

「せ、先生……?」


『どうする?捕まえるか?』

『無理だろ……あいつあー見えて柔道やべーんだろ?』

 男達の冷静な話し声が聞こえる。チャンスはここしかなかった。


『先生!助けて!』

 瑠衣と声が重なる。

「おう……任せとけ」

 先生の頼もしい声が聞こえる。


「こいつ……!お前ら!やるぞ!」

 男達は私を置き去りにして殴りかかろうとする。


「これ、やめなさい」

 またトイレの外から老いた男の声が聞こえる。

「校長……」

 男達が狼狽える。何故なら彼らを束ねているのがここの変態校長なのだから……

(終わった……)


「阪田先生?彼らは決して乱暴なことをする子ではありません」

「なっ!?だってあの子の頬にも怪我が……」

「望んでつけてもらったんじゃないですか?」

 先生同士が話し合うが、校長が相手ならきっとだめだ……


「は!?私はそんなこと頼んでないから!信じて!先生!」

「どうします?もし彼らを止めるならあなたを生徒虐待で訴えても良いんですよ?」

「おい!あんた!」

 瑠衣は叫ぶ。


 でも先生にその言葉は弱い。背負う子供や兄弟がいる。

「そっか……お邪魔しちゃったね?」

 先生は諦めて帰ろうとする。

「先生!!」


「先生も付き合っていきます?」

「あ、あはは。授業もあるし……」

 そして校長と阪田先生はトイレから出ていった。


 だが、外で数回の打撲音がする。

「や、やめっ!?くそアマっ!校長たる私に……!なんてことをっ!!」

 おそらくだが、先生は隣の女子トイレへ入っていく。

(もう……やめて)


 その後は順当に男子生徒は全て気絶していき……女子トイレに封じ込まれる。

「大丈夫か?最中ちゃん……?」

 先生の顔は青ざめている。

「ごめん、なさい……」


 謝る私の頬を撫でて抱き締める。

「いいの……職は今時沢山あるし借金もまだしてないんだから……声、ちゃんと聞こえたわよ?」


「で、でもなんで……わかったの?」

「華子ちゃんが今までにない早さで走ってきてね……?」

 楽しそうに話すが、そうじゃない。解雇だけで済む訳がない。


「先生、そうじゃない……解雇よりもっと酷いことに……」

「なら、相談に行かなきゃな?」

 今の相談員を紹介してくれたのもこの先生だ。

「うん……」


 二人も連れていき、相談をした。だけど次の日、悲劇が起こった。

 親友二人は消息を絶ち、先生も行方不明になった。

 学校を休み、家にいたら……遂に私の家が彼らにバレた。

 外から暴言が聞こえる。


 直ぐ様、警察を呼ぼうと携帯を開くと……

 メールが届いた。

『ごめんなさい。あなたを売りました。警察だけは呼ばないで』と二人からメール。

 全く同じ文字で……


 きっと一度捕まって……解放されたとしてもマークされている。

(最初から、二人にバレなければ……こんなことには……!)


 携帯を握りしめてうずくまると……非通知から着信がかかってきた。

(もしかしたら瑠衣が……!)

「もしもし……」

『最中……!うぐっ……大丈夫!?』

「う、うん!瑠衣達は?」


『今、何とか二人背負って帰ってるの……家から抜け出せそう……?』

「うん!抜け出すから!」

『ツーーー』

 そこで電話は途切れた……こんな時もツイてない。

(でも……!)


 私はペンチを手に取り、窓からこっそり抜け出して……

 携帯がバイブレーションを鳴らしてメールが届く。瑠衣のアドレスからだ。


 画像付きだった……バラバラの死体画像が順々に送られてくる。

 それは明らかに公衆電話に押し込められた瑠衣だった……

「おゔえぇっ……」

 何も食べていないから何も吐けない。


(いや、待てよ……)

 あれから数十秒……どう考えても不可能だ。

(まだ、生きてる!奴等の策略だ……!)

 彼女に貰った勇気が全身を駆け巡る。


 気付いたらよく行く近場の山に来ていた。

 そして予想する公衆電話へと向かうと……

 公衆電話内で眠った彼女がいた。

 息はあるようだ。でも様子が少しおかしい……

「先生と華子は……」

 彼女の手元にあるメモを開く。


『薬で私はもうすぐ眠っちゃう……二人は警官に助けてもらった』

 書かれているのはそれだけ。

 でもその警官という言葉にも敏感になってしまう。もしかしたら奴等が……


『私はお母さんに家に悪い人が来たから逃げた。警察を呼んで』とメールを送り、110番に電話しようとしたが……圏外の文字がちらつく。

 発信ボタンは押さなかった。

(ダメだ!安全じゃない……!)


 彼女を担いで急いで山を降りる。

 都合よく駐禁札付きの自転車が止まっている。

「よし!」

 ペンチで無理矢理鍵をぶっ壊す。

 彼女のお尻を前かごに入れて……乗る私にもたれるようにする。


 私は都心の裏路地を通り、そろそろのところで警察に電話をする。

「もしもし!」

『もしもし、こちら○○警察署です』

「助けてください!」

『ど、どうしましたか!?』

「見知らぬ男達に追われて……家から逃げてきたんです……そしたら友達も襲われて……眠ったままで……!」

『わかりました!住所、分かりますか?』


 そこの住所を伝え、周囲を警戒する。

 人通りは少ない。だが安全とは言えない。

 だが近くにはごみ袋がある。隠れられる場所はそれしかなかった……


 警察のサイレンが聞こえ、パトカーの方へ向かう。

 その後、二人も救出されていると知った。

 だが……瑠衣だけは謎の薬を入れられたかで意識不明。


 その後学校に警察が押し掛け、色々な証言の元、校長は逮捕された。犯してきた男達も残らず名前を教えた。


 だけど……瑠衣は目を覚まさない。

 今の団地というのも、その病院から自転車で行ける距離にある。


 その後、先生と華子は鬱になってしまったが……無事に生きている。

 でも精神病院にまで入れられて……私が殺したも同罪だ。


 二人への面会も拒否されている。

 だけど瑠衣の家族だけは救ってくれてありがとう。と今でも気にかけてくれる。


 以上が中学二年の夏……六年前に起きた事だ。


 だから今でも皆と一緒に面会へ行ったりする。

 最初は中々打ち明けられなかったけど……どうやら学校帰りに病院へ行く姿を月菜に見られてしまったらしい。


 気付いたらシャワーと共に涙を流して、後ろから抱き締められていた。

「よしよし、最中は頑張ったよ……」

 月菜は優しく私の髪を撫でてくれる。

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