天国のブレーキと地獄のアクセル
涼太かぶき
壊れた日常、崩れる関係
第1話 起立性調節障害(OD)
「くそっ……!ひっく……」
朦朧とした若い女性は、テーブル下に膝をぶつける。
空っぽの酒缶が倒れて転がっていく。
「どうしてどいつもこいつもぉー」
床に落ちた缶をテーブルに強めに置いた。
「うだぁぁ~」
女性はそのまま部屋の床に項垂れる。
天然パーマみたいな痛んだロングヘア。髪は薄い金髪に染めている。
身長は百五十三センチ。年齢は二十歳。
私は
夜間高校を卒業後、大学に行くも……遅刻や欠席が目立ち、半年足らずで休学を取った。
そして一年で自主退学……
「あったしなにやってんだろ……ひっく」
そんなことを思いながら涙を流す。
私は小学校の頃から朝起きる事が難しく、不登校になってしまった。
周りにもそれなりに避難された。家族や医者や先生にも心配された。
けどどうにもならなかった……
「皆ばっかずるいよ……ひっく」
今は暗い団地の一室で一人暮らしをしている。
家族は少し離れた所で暮らしている。実際は二つ隣の区にいる。
今は……睡眠導入剤の代わりにと送られた、酒缶を飲んでいる。
親は二人ともお酒関係の仕事をしている。
「一缶で酔うからほんと無理だって……」
でもそれ以外の方法は無い。
何なのか?と聞かれたら一応病名はある。
『起立性調節障害』略称ODというものだ。
色々と複雑なので簡単に説明すると……
朝起き不良や色んな体調不良を引き起こす、思春期特有の自律神経機能不全だ。
「調べてみっか……」
スマートフォンの検索機能できり、まで打つと予測変換が出てきた。
『重度な人は……上半身や脳への血流低下により、日常生活がかなり制限される』
「あたし軽度の診断でしたーw」
『その場合、長期に及ぶ不登校状態やひきこもりを起こして、学校生活やその後の社会復帰には大きな支障を及ぼす』
「もう及ぼしてんですけどー……はぁ……」
見ているだけで気が重くなってくる。
「原因って色々あんだっけ……」
ページを下にスクロールする。
『一、起立に伴う循環動態の変動に対する自律神経による代償機構の破綻』
「よくわかんねー」
起き上がる為の機能がうまく働いてないということだ。
『二、過少あるいは過剰な交感神経活動』
「ナニしろってことか?w」
まあ心拍数で例えると簡単だ。活動しまくってる状態が多すぎるか少なすぎるか……
つまりそうなると昼と夜の活動バランスが崩れる。
『三、水分の摂取不足』
「虫歯一つねーぞ」
昔から水が好きで……なんてことではなく、水を取らなきゃ汗も出ないし、血液も脳に行き渡らない。
『四、心理社会的ストレス(学校ストレスや家庭ストレス)が関与する。身体が辛いのに登校しなければならないという圧迫感が、さらに病状を悪化させる』
「もうおせーよ」
遅れてでも行きなさい。それに何度苦しんだことか。
でも普通の親なら、心配してそうするのは当たり前だ。
『五、日常の活動量低下→ 筋力低下と自律神経機能悪化→ 下半身への過剰な血液移動→ 脳血流低下→ 活動量低下というdeconditioningが形成されるとさらに増悪』
「でこんでぃしょにんぐ?」
つまりは体自体が悪循環を生み出してしまっている。
「もーやめだー、はぁ……」
ちなみに少し前までは障害者専用の仕事をやっていた。福祉センターから勧められたものだった。
そしてその時は勿論、黒髪にしていた。時間も勿論お昼からの時間帯。
今の私とは比べ物にならないほど真面目にやっていた。外では猫を被るタイプだ。
けど結局一人の上司に悪いイメージを持たれて、それをきっかけに辞めてしまった。
『あなたみたいな人は障害者じゃない。ただ逃げてるだけ。甘えてるだけ』
なーんて二人きりの時言われてしまった。私は何も返せなかった。
確かにその通りだ。私より酷い障害を持つ人は沢山いる。
「はぁ……」
また病みそうになってきた……
退学後、親と喧嘩して自殺しようとしてたのがその就職のきっかけだった。
未遂どころか体のどこに傷も付いていない。臆病者だ。
午前三時、私はそのまま眠ってしまった。
「うーん……」
目を覚ます。日が昇っていて、時計は二時を指していた。
(十一時間か。でも……)
ほんとは眠りが浅く、何度か目を覚ました。
けど倦怠感にやられて気付いたら眠ってしまっている。夢も三度は見る。
親にはお金は与えるからとりあえず一人暮らししてみろ、と言われてそうしている。
確かにそうすれば否が応でも外に出る。ということだろう。
スマートフォンを見る。充電は三十パーセントを切っている。
「ん?」
男友達からメッセージが来ていた。夜間校の時から仲良くしている友達だ。
名前は夜ノ
時たまスマホのオンラインゲームをしたりする。
『家行っても良い?』
勿論そいつは彼女持ちだ。
良いけど何かあったの?と返信をして、充電コードを差した。
「なんか食べよ」
と思って立ち上がったら、返信が来た。
『
「なんか楽しそー……」
月菜も当夜も夜間の時からの友達だ。その二人は少し前から付き合っている。
でも罪悪感が少し生まれる。今私は仮にも贅沢が出来る立場じゃない。
二十歳も越えたし、夜のバーやスナックの仕事とかも……とは思ったけど辛そうだ。
「はぁ……」
どうすりゃいいの?なんて聞いたって誰も答えてくれやしない。
そんなこと家族と喧嘩した時に位漏らせない。
しばらくすると、もう着くという連絡の後にドアがノックされる。
『コンコン』
「はいはーい」
私は無警戒のまま、部屋着の灰色パーカーと着替えたスカートで出る。
目の前には見知らぬ中年の男が立っている。
「あ、あの……誰です?」
(もしかして……同じ団地の人?)
「知らんの?そりゃあそうかぁ……」
言っている意味が分からない。
「へ?」
「ともかくこっちに来い!」
男は私の腕を掴み、強制的に隣の部屋へ引きずり込む。
「ちょっ!やめっ、て!」
『バタン!』
男の部屋のドアは閉められる。
「おい!やめろっ!」
私は暴れるが、日々最低限な動きしかしてないので全く通じない。
男はニヤニヤと笑いながら、私の手足に手錠を付ける。
(もしかしてこの重さ……!)
「なっ!?」
「手に入れるの結構苦労したんだぜ?」
「ちょっ!あんた!こんなことし……んむぅ……!」
黒い紐で口を縛られる。うまく喋れない。
そして男は、無抵抗の私を部屋の奥まで引っ張っていく。
(このっ!)
私は何とか立たされた両足で男の股間に蹴りをかます。
(よし!)
『ドテン!』
男は後ろに倒れるが、私は運良くうつ伏せに倒れた。
芋虫みたいに、ドアまで這いつくばる。
『ガチャン』
寸前で男にドアの鍵を閉められてしまう。
「残念だな」
私は逆方向に逃げる。
(窓があれば!)
「んんー!」
「目隠しはもう少し後だぜ。嬢ちゃん」
もう一度部屋の奥まで引きずられる。
「んんんー!!んんーー!」
恐怖の中、首を横に振ることしか出来ない。
(私が何したっていうの!いやいやいや!)
昔の恐怖の記憶が甦る。
中学の頃、男子グループのいじめで……何度も犯された事を思い出す。
最終的には先生に見つかって、私は助け出された。
「んんんーー!んんー!!」
『シャキ、チャキ』
男は私の部屋着をハサミで切る。
「んんっん!んんんー!!」
「助けを呼んだって来ねぇよ」
『コンコンコン』
私の部屋のドアを叩く音が聞こえる。
(そっちじゃない……!こっち!)
「おーい」
龍生の私を呼ぶ声が聞こえる。
私は男に口を手で塞がれる。
(んんー!んー!)
声を出すが布と手で塞がれている為、小さい声しか出ない。
『ドタンドタン!』
足をバタバタさせる。
「ん?何か隣から音聞こえない?」
「なにそれ……こわいんだけど」
龍生は音に勘付くが、月菜はまだ気付いていないようだ。
『ブーブーブー』
「鳴らしてみたけど、スマホ部屋にあるじゃんか……」
当夜が電話をしているのか、隣の私の部屋からバイブレーションが聞こえる。
『これとか使ってみるか?』
男は小声で近場からローターを手繰り寄せた。
嫌だ。こんなおっさんに……
好きでもない人にもう……酷い事をされるのは……
『いやだぁぁぁ!!』
私は目一杯暴れた。
『こら!そんな暴れるな!』
まだ諦めない。上に上げている腕は動く。手錠部分を床に叩きつけた。
『ゴン!ゴン!』
「隣何やってんだ?」
「知らない……それより、最中ちゃーん!どこにいるのー!」
月菜が私の名前を呼ぶ。
『ゴン!ゴン!』
こ、こ!と手錠を叩きつける。
『無駄なことはやめろっ!』
男は焦ってその腕を掴み、押さえ込もうとする。
「なんか隣でタイミングよく……」
「まさかそんな……最中ちゃん?」
「おーい!最中ー!どこだー!」
今度は龍生が私の名前を呼ぶ。
『んーー!んむぅーー!!』
もう一度叫ぶが、声は小さくなってしまう。
「はっきり聞こえたわね……」
「俺が様子を見てくる!二人は通報を頼む!」
龍生がそう二人に指示すると、男は震え始めていた。
『こうなったりゃ……やけだ!』
男は両手で私の腕と口を押さえると……モゾモゾ何かをしている。
うつ伏せだから分からない……そんな訳は無い。
龍生が止めてくれなければ、私はどんなことをされるのか……
私は手錠をされたままで耳を塞ぐ。
昔の記憶がフラッシュバックした。
『パンパンッ!ぢゅぽっぢゅぽっ!』
あの時は目隠しをされ真っ暗な視界、攻められていた音が脳内に甦る。
『いやだ……!やだ!やだ!』
私の叫ぶ声も……枯れた声も……
痛みも、快楽の恐怖も何もかも……
『ドガンッ!!』
ドアを蹴破る音がする。
(龍生!)
「――なっ!?」
「最中に何してんだっ!」
『ドォン!』
龍生は男の頬を殴る。
「大丈夫か!?」
『んー!』
うん!と答えたが……
はだけた私を、彼は迷わずお姫様抱っこする。
(ば、ばばか!)
彼は私達の危険を感じ、急いで部屋の外まで運んでくれる。
「当夜、月菜!階段下りるぞ!手伝ってくれ!」
龍生は、部屋の外で待っていた二人に助けを求める。
「おう……!」
当夜は前方を先に下りて、安全を確保してくれる。
「最中ちゃん……怖かったね……」
月菜は私の頭を横から撫でてくれる。
そういえば……
高校の頃、昔レイプしてきた連中に外で絡まれたことがあった。
その時も三人が助けてくれたっけ……
その後は駆け付けてくれた警察から事情聴取を受けた。
あの男は……中学の頃に裏切られた同級生の男子。
そいつの父親だったらしい。
息子がこうなったのは父親のせいだと妻から馬鹿にされ、離婚沙汰になった。
ストレスにより、病気を起こし、復帰後にはリストラ……
そういう経緯で今回の事件が起きたそうだ。
警察に私の現状況や過去に起こった事を、龍生がキッチリと説明してくれたおかげで三時過ぎには帰れることになった。
応対した婦警さんも親身になってくれて、親にも連絡を入れてくれるそうだ。
結局三人とは遊ぶことは出来なかったけど、月菜が一緒に泊まってくれるみたいだ。
二人も泊まると言っていたけど……それは少し困る。
察してくれたのか、彼女は説得してくれていた。
「ダメよ。私はともかく……最中ちゃんをこれ以上不安にさせるつもり?」
「そうだな……」
「そっか……」
二人はシュンとしている。
「ま、まあまあ……夜まではいていいし。二人は怖くないの分かってるから……!」
私がなんとかフォローをする。
けど三人の顔色は晴れない。
「はぁ……」
私は大きな溜め息をつく。
(疲れてるのはこっちなのにぃ……)
こんな辛いことも、またかと慣れている自分。
たかが運という言葉で説得することしか……
私にはできない。
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