第235話三連戦

 訓練場にはナナシ達の他に10人ほどの戦士が自主的な鍛錬に精を出していた。しかし訓練場に入ってきたのがミレス戦士団第一部隊の隊長である事に気づくと、一斉に手を止めて敬礼をした。過酷な環境下で鍛えてきた彼らは一目で屈強な戦士であるのが見てとれた。すると、一人のダークエルフの男が駆け寄ってきた。


「これはこれはクリーガ隊長、いかがしましたか? 今日はお休みのはずでしたよね?」


「ちょっと、訓練場を使いたい用事が出来てな」


 クリーガと呼ばれたアトルム人の女性はそう言うと、後ろにいたナナシ達を親指で指す。それを見た男はナナシを観察する様に目を細めて眺めてみてから、クリーガに頷いた。


「なるほど、では直ちに準備しましょう」


 すぐさま男は他の戦士達に呼びかけ始めた。それを見ているとクリーガと呼ばれた女性がくるりと振り向いた。


「そういえば、自己紹介してなかったね。あたしはソール・クリーガ。一応ミレス戦士団の第一部隊長をしているよ」


 ニコリと笑う彼女は10人が10人見惚れる程の凛とした美しさだった。だがナナシはなんの感情も湧かない。


「そうか」


 ただそれだけ呟くと口を閉じた。しかしそれがお気に召さなかったらしく、他の3人の目つきが鋭くなった。ナナシはそれに気づきつつも無視する事にした。それからすぐに訓練場の中央にスペースが出来た。


「クールだねぇ。まあいいさ、それで一対一の勝負でいいかい?」


「面倒だから別にまとめてかかってきてもいい」


 ソールの提案にナナシはそう答える。それを聞いた蜥蜴人が怒鳴った。


「舐めんじゃねえ! 大口叩けない様にしてやるよ!」


「それじゃあ最初はサヴラだね。こいつはうちでも一二を争う怪力の持ち主だ。舐めてかかると痛い目見るよ」


 ソールがサヴラという蜥蜴人の肩を叩く。それと同時に持っていた斧をサヴラは構えた。ナナシは相手を観察する。


『身長は推定2メートル20センチぐらい、腕の長さは俺より50センチは長いな。斧の長さは2メートル近くある。両刃斧だが片側だけデカい。どっちかというとハルバードに近いか。それと、蜥蜴人特有の鋼のような鱗。神術は扱えるのか?』


 そんな事を考えていると、サヴラが斧を振りかぶった。ナナシは反射的に体を闘気で覆う。そして、その攻撃の威力を咄嗟に判断し、避けるでも後退するでもなく、前に飛び込んだ。サヴラは凄まじい勢いで振り下ろす為に渾身の力を込める。しかし、それはナナシに振り下ろされる事なく、そのままサヴラの後ろに落ちた。周囲で見ていた者達がざわめく。


「まあ、何が来ようと関係ないけどな」


 ナナシはサヴラの腹部にめり込ませていた右腕をゆっくりと引き抜いた。サヴラは前のめりになってゆっくりと倒れる。ナナシはそれを回避するために少し右にずれた。ズシンという音とともに、サヴラが完全に意識を失っている事が周囲にも理解できた。


「ほう、サヴラ相手に武器すら抜かないとはすごいじゃないか。ナガーシカを一人で討伐したっていうのは嘘じゃないみたいだねぇ」


 ソールがニヤリと笑う。先程までの凛とした美しさではなく、荒々しさが含まれている。


「つ、次は私だ!」


 エルフの男が剣を引き抜いてナナシに向ける。


「よーし、お前の力を見せてやれエルロント!」


 ソールが囃す様に言う。ナナシはまたサヴラの時と同じ様に観察する。


『背は俺より少し低いぐらいか。武器はロングソード。全長は80センチほどか。雰囲気的に、さっきのサヴラと同程度の強さか。神術は……』


 そこまで考えたところで、エルロントの剣身が突然伸びて、ナナシとの間にあった5メートルほどの距離が一瞬で埋まる。


「金神術か」


 ナナシは後退して避けようとするが、剣先は彼の動きに蛇のようについてくる。


「『金蛇』と『延刃』の混合技か。やるじゃねえか」


 『金蛇』は金属を蛇の様に動かす術であり、『延刃』はその名の通り、金属の刃を延ばす術だ。限界はベースとなる金属の物質量であり、それさえ考慮すれば、薄く細くなっていく代わりに、どこまでも引き伸ばす事ができる。さらに同時発動は高度な技術だ。ナナシが見た中で、かつて最も神術を巧みに操っていたのは、幼い頃にエデンで会ったダークエルフの使徒だった。彼女は同時に五つ神術を同時に発動する事が出来た。結局彼女は龍魔によって殺されたのだが。そんな事をぼんやりと思い出しつつ、自分を狙って伸びてくる剣を回避する。すでにその長さはピンと張ったら10メートルは優に越えるだろう。もはや剣は糸の様になっている。しかしいくら伸びてもナナシには掠りもしなかった。


「だがまだまだだ」


 ナナシは擦れば斬り飛ばされるほど薄く鋭くなったエルロントの剣の根元、つまり彼の手に持っていた短剣を投げつける。エルロントは咄嗟に糸を動かし、それを絡み取ろうとする。その一瞬、隙ができたのをナナシは見落とさなかった。地面が割れるほどの力で蹴って駆け出し、瞬時に彼の背後に回ると、無防備な首筋に手刀を落とし、エルロントの意識を正確に刈り取った。


「さてと、あと一人だな」


 ナナシは最後に残っている猫人の女性を見ながら推察する。


『猫人と言っても大分混じっているな。耳と尻尾以外は人間と変わらない。体は細めだから速さで攻めてくるタイプか。さっき細剣に雷を纏わせていたあたり、雷神術が使えるのだろう。『雷化』が使えるなら少し厄介だが。さて、どの程度か』


「フェル、第一部隊の実力をしっかりと見せるんだよ」


「はい!」


 ソールに言われて、フェルと呼ばれた猫人は剣を構え、さらにその剣に雷を纏わせた。


「いくぞ!」


 そう言うと、フェルは地面を蹴る。ナナシの予想通り、なかなかのスピードだった。ジグザグに走りながら接近し、突然放電しながら消えたかと思った瞬間、後ろから鋭い突きが放たれた。


 しかしナナシはそれを右に飛んで回避する。すぐさま相手に顔を向けると、そこには身体中が雷と同化しているフェルがいた。


「動きながら『雷化』したのか。なかなかやるじゃねえか」


 肉体を雷と同化させる神術は、雷を肉体に纏わせるのとは異なり、限りなく肉体を構成する要素を雷へと変化させるというものである。その為、集中力が必要となり、移動しながら『雷化』するのは高い技術が必要になる。実際にナナシの育て親である使徒の男も『雷化』は使えたが、彼は立ち止まって精神を集中させている時にしか使えなかった。つまり、目の前にいるフェルという猫人はその一点においては使徒以上の技術を持っているという事だ。


「躱したか。それならどんどん行くぞ!」


 フェルは再度駆け出す。放電しながら超高速でナナシの周囲を走り回る彼女を視界に収めるのは難しい。ただの人ならば。


 凄まじい速度の攻撃を、ナナシは容易に回避し続ける。次第にフェルの息が上がり始め、動きにキレが無くなってくる。


「確かに『雷化』を使った相手は戦い辛い。速度も攻撃力も上がる上に、こちらが攻撃しようにも感電する事になる。だが、『雷化』は諸刃の剣でもある。使うエネルギーが半端ないせいで、すぐに限界が来るんだ」


 そう言うナナシの言葉通り、フェルの体がどんどん実体化していき、ついには片膝をついて粗い息をつきながら、震える手でなんとか持ち上げた剣を向けることしか出来なくなった。


「一撃必殺または速攻でしか使えない。自分よりも速い相手やタフな相手と対峙するには、それ以上の何かが必要になる。『雷化』した状態で動き回って1時間以上過ごせる奴なんて、俺は一人しか知らない」


 ナナシの言葉に、フェルは力なく剣を落とした。すると、パチパチと拍手する音が後ろから聞こえてきた。そちらに顔を向けると、ソールが満面の笑みを浮かべていた。


「いやー、さすが使徒様だ。全くもって次元が違うね。ティファニア様から聞いた通りだよ」


 旧知の名を聞いて、ナナシは目を丸くする。


「なぜその名を?」


「ん?」


「ティファニアという名をなぜ知っている!」


 ナナシの想像が外れていなければ、ティファニアとはエデンにあるティターニアの女王の名前だ。それを人界の、しかもエレミア砂漠という陸の孤島の様な場所に住む人間が知っているのは異常だ。


「なぜって、そりゃあ私はティターニア出身のハーフエルフにして、君と同じラグナ様の使徒だからね。一応定期的に国とも連絡もしてるんだよ。だから、君の事も聞いてるよ、ナナシ君。いや、ジン君」


 どう見てもアトルム人にしか見えないソールはニコリと笑った。

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