第234話カロレの街
エレミア砂漠には合計四つのオアシス都市が存在している。ユステ、モナーク、ウーイン、そしてカロレである。この中で最も賑わっている街がイーニャやナナシ達が住むユステであり、最も栄えているのもこの街であった。人口が1万人ほどであるこの街は、ぐるりと大きな壁で覆われた円形をしている。街の中央には4都市の代表者達が会議をするための議場があり、その議場の周囲には商業区域、さらにその先には居住区が広がっている。
この街は主に商業が活発であり、他の3都市にはそれぞれ異なる役割が与えられている。例えば先日イーニャが向かっていたモナークは農業のために作られた都市である。ユステ同様、街を巨大な壁で覆われているが、その壁の中に広がるのは農作物を栽培するための施設や動物を管理する為の牧場である。街の大きさはユステよりも一回り大きいが、そこに暮らす人口は2000人ほどである。
また、ウーインは研究都市として作られた街でアカデミーが存在し、そこでは日夜新たな技術の開発や研究が行われている。街の大きさはユステよりも小さいが、活気では負けていない。アトルム人達の知恵と神術を扱う亜人達の力が融合し、新たな学問が研究されている。
例えば、金属を扱う金神術を利用して複雑な機構を持つ機械を作成したり、雷神術を用いて電気という新たな力を生み出したり、木神術によって農作物の配合実験を行い、新種を作り出したりしており、ここで行われる数々の研究は他のオアシス都市に還元されている。
そして最後のカロレは戦士達を育成するために存在する都市である。戦士としての才能を見出された者は幼少期からこの街で訓練をし、ミレス戦士団かトレガ術師団のどちらかに所属し、各都市に配置される。迫害されてきた人々が生み出した為、外界という共通敵を持つ両団の関係は悪くない。一方で、エレミア砂漠の外から来た流れ者に対しては非常に厳しい。戦える力を持つナナシがこのカロレに所属せず、ユステで暮らしているのはこの為である。
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太陽が頂点に達した頃、自動車と呼ばれる電気というものを燃料としている特殊な荷台付きの乗り物が石畳で舗装されたカロレの街の中に入ってきた。最高速度自体は馬より少し早い程度だが砂漠間を移動する上で必須の乗り物である。封術具の原理を用いて、雷神術を蓄えたガラスのように半透明な球体を燃料として使用している。
その車に乗っているのはこの街で最大の商会を持つゼルと、その妻であるイーニャ、そして護衛として雇われたナナシである。つい先日、モナークに行った際に日中にナガーシカに襲われたので、念の為にナナシを連れてきたのだ。本来ならば、余所者であるナナシを連れてくるのはあまり好ましくないのだが、状況が状況であるため、彼に依頼を頼んだのである。案の定、街に入った瞬間から常駐する戦士達の警戒心が強まり、車の荷台に乗るナナシに敵対心を向けてくる。
しかしナナシはそれに気づかないとでも言うように涼しい顔をしていた。やがて車が巨大な建物の前で止まる。戦士団と術師団の詰所である。普段はここで戦士達は訓練している。近くには訓練校もあり、たまに戦士達はそこに派遣されて若手の育成をする事もある。
「ナナシ。俺達は団長達と話し合いがあるからしばらく時間を潰していてくれ。くれぐれも揉め事は起こすなよ」
その言葉に頷いたナナシを見てから、ゼルとイーニャは両団の詰所に入って行った。
「さてと」
ナナシは荷台から降りて辺りを見回す。エレミア砂漠に来てからもう10ヶ月にもなるが、カロレに来たのは初めてだった。彼は興味深そうにぶらぶらと歩き始める。詰所の近くに併設されている訓練場を覗いてみると、剣を交える戦士達や、遠くに置いた的に術を放つ術師達がいた。
「何をしている?」
突然、後ろから声をかけられる。そこには右顔面を黒い布で隠したエルフの男性が立っていた。彼の両耳は半ばで切られた痕があり、布と顔の境目には火傷の跡のような引き攣れが見えた。彼はその手に抜いた剣を持ち、ナナシに向けている。
「別に」
エルフの男の質問に答えずに、ナナシはその場から離れようとする。だがその進行方向を3人の戦士達が待ち構えていた。一人は斧を持った蜥蜴人で、濃緑色の鱗の所々に切られた傷跡が残っている。もう一人は細剣を持った女性の猫人だ。彼女の剣の先には雷が走っており、それは術を放つ準備を終えている事を意味している。最後の一人は腰に下げた剣の柄に手を乗せている20代後半ぐらいの浅黒い肌の美しいアトルム人の女性である。彼女は蜥蜴人と猫人の後ろに立っている。しかし、ナナシは武器を構える他の者達よりもその女性を警戒する。
「……あんた強いな」
彼女の前に立つ二人を無視して、ナナシは女性に話しかける。女性もすぐに彼が自身に話しかけている事に気がついた。
「まあ、一応ミレス戦士団第一部隊の切り込み隊長をやっているからね。それより君は? 見た事ない顔だけど、ゼル達の知り合い?」
「ああ、ゼル達の護衛でついてきたナナシだ」
「ああ、やっぱり。話は聞いているよ。悪かったね、私の部隊の者が脅すような真似をして。でも、この砂漠で流れ者はどういう扱いを受けるかは知っているだろう。許して欲しい」
「なんで俺が流れ者だと?」
ナナシの疑問に女性はクスリと笑う。
「片腕の短剣使い、身長180センチオーバー、体格はがっしりしていて年齢は20歳ぐらい。加えていうと片腕なのに腰に2本の短剣を佩いており、アトルム人の見た目をしている。だが、そんな特徴を持っているのはミレス戦士団にもトレガ術師団にもいない。つまりは突然現れた人間という事だ」
「そうか。じゃあ、こいつらをどうにかしてくれないか? 今にも殺されそうだ」
自身を囲う3人を皮肉るように言う。
「流れ者が舐めた口叩いてんじゃねえぞ!」
蜥蜴人が怒鳴る。斧を握る手に力が篭った。エルフも同様に、いつでも斬りつけられるように体に力を巡らせる。さらに猫人の剣を覆う雷が迸った。
「あんた達、落ち着きなさい。ゼル達の護衛だって言ってるでしょ」
止めるつもりの声かけのはずなのに、その顔はニヤニヤと笑っている。碌でもない事を考えているのは一目瞭然だった。
「しかし隊長、流れ者は何を企んでいるか分かりません。この街の情報を外に流すかもしれない。20年前もそれで酷い目にあったんだ」
眉間に皺を寄せてエルフが吐き出す様に言う。
「うーん、それじゃあ、一先ず戦ってみましょうか。うちのルールは強い奴が絶対。彼と戦い、あんた達が負けたら謝罪。勝ったら彼に街から出て行ってもらうという事で」
「待て待て、何を勝手に決めているんだ。俺になんのメリットもないだろう」
「それもそうね、それじゃあ、君が勝てたら今夜私と寝る権利をあげよう」
カラカラと笑いながらとんでもない事を言ってくる女性に、思わずナナシは目を丸くする。
「いや、いらねえよ!」
「む、そうかい? うちの部隊じゃ、それで喜ぶ奴が多いんだけどな。まあ、負けた事ないけど。私、魅力無いかな?」
そう言って、楽しそうに胸の下で腕を組んで、その豊満な乳房を持ち上げる。
「そんな事はどうでもいい。それよりも、俺は無意味な戦いをするつもりはない」
バッサリと言い切ると、女性は口を尖らせた。
「もー、洒落が通じないね。でも残念ながら、戦うのはもう決定事項なのよ。うちの団員もその気になっているし、自由を勝ち取るにはそれ相応の証明が必要でしょ? うちでは強者の主張が何よりも優先される。だから、あなたが戦いたくないなら、まずは力を示さないといけないの」
「チッ」
ナナシはそれを聞いて舌打ちした。どうやら逃げる事は出来ないのだと、改めて理解したからだ。
「ちょうど今、第一訓練場が空いている時間だから、そこで模擬戦をしましょう」
隊長と呼ばれる女性は朗らかにパンと手を叩きながらそう言った。
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