第215話秘策

「ミコト!?」「姫様!?」「ミコト様!?」


 三人それぞれ彼女の登場に驚いた。セルトも不思議そうに突然現れた闖入者を見つめる。


「それで、あの子と戦ってるんだよね」


 ミコトはセルトに向けて指を差す。


「ええ、ですがこのような場所は危険です。姫様どうかここから離れてください」


「そうですよ! ミコト様、ここは危険で、危ないんです! 我々のことはいいから早く街に戻ってください!」


 あたふたと慌てる二人を他所に、ジンの目が鋭くなる。


「出来るのか?」


 その質問の意図を察し、ミコトは精一杯悪そうな笑みを浮かべる。ただ元々が可愛らしい顔であるため、上手く出来ていなかった。


「多分ね。あの剣さえなんとかしてくれれば」


 彼女の言葉を聞いて、改めてジンはセルトの手にある神剣を見る。


 ラグナの言葉を信じれば、マタルデオスは封神の力を持つ剣である。封じる力を持つならば、その逆も容易いだろう。


「あれを奪った瞬間に出来るか?」


「流石に瞬間は無理かもだけど、なんとかやってみる」


 それだけ聞いて、腰に挿していた短剣を抜いて、ジンはセルトに向けて構える。


「お二人は一体なんの話をしておるのですか?」


「そうですよ。いいから早くここから離れてください!」


「あー! もう、うるさい!」


 ミコトがうんざりとした表情を浮かべた瞬間に、ジンは地面を蹴った。


「はああああああああ!」


「あはっ!」


 高速で接近するジンを無邪気な笑顔のセルトが迎え撃つ。身につけたばかりのはずの技術は既にジンとまともに打ち合えるほどに成長していた。


「ほらほら、ジンを手伝ってあげて! あの剣を奪わなきゃ出来ないでしょ!」


「出来ないって一体何を?」


 ハンゾーの言葉にゴウテンも頷く。ミコトはそれを見て心底呆れたような顔をした。


「何って、封印に決まってるでしょ!」


「「……ああ!」」


 思わず二人とも左手のひらを右拳でポンと叩いた。ミコトに宿る力は初代国王であり、ラグナの使徒であったカムイ・アカツキの力に類似したモノである。ラグナから彼に与えられた権能は【領域】。つまり自身が指定した空間を自在に操る能力である。強弱の差はあれど、彼女が持つ封印の力はそれから派生したモノだった。


「分かったら、さっさと剣を奪ってきなさい!」


「「は、はい!」」


 ミコトの言葉に慌てて二人が動き出す。3人の前ではジンとセルトが壮絶な斬り合いを繰り広げていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「キャハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 笑いながら致死の一撃をセルトは振り回す。それを回避しつつ、反撃とばかりに一瞬できた隙を狙って彼女の手首を切り飛ばそうとする。しかしセルトは器用にそれを躱し、今度はジンに斬りかかる。初めは高くなかった必殺の一撃の精度も、斬り結ぶごとにどんどん増していく。先程までは余裕で躱せていた攻撃も、今では紙一重だった。


「くそがっ!」


 思わずジンはセルトの腹に前蹴りする。


「きゃっ!?」


 可愛らしい悲鳴をあげて僅かに後ろに飛んだセルトだったが、すぐさま顔を上げて艶やかに笑う。もはやそこにいるのはただの化け物だ。


「今度は喧嘩の仕方を教えてくれるのぉ?」


「マジか、内臓破裂するぐらいの勢いはあったんだけどな」


 ジンが顔を歪める。


「うん。すっごく痛かった。でも残念。兄さんと愛し合っている時の方がもっと痛かったもの」


 何が残念なのか、ジンには理解できなかったが、今の蹴りでその程度の反応ならば、もはやセルトの強さは彼が手加減できる程度のレベルではなかった。それが分かり、ジンは一瞬だけ悩む。僅かな時間でも力を完全に解放するかどうかを。


 これからの事を想定すると、なるべく温存しておくべきなのは間違いない。【強化】は強力な権能であるため、その分完全に解放した場合の反動が大きい。全身の強度を闘気で底上げしているとはいえ、未だに十分にその力を扱えない彼にとって、ここでのその選択は下手したら全てを台無しにする可能性がある。しかし、彼女から剣を奪うには彼女に認識されないほどの速さがなければ不可能である。ふと脳裏にシオンの顔が過ぎった。


「……しょうがねえか」


 ジンは覚悟を決めて、目を閉じて体の内に意識を向けた。体の奥底にある溶岩のように熱い何かに触れようとする。


「何する気ぃ?」


 突然目を瞑ったジンを見てセルトが不思議そうな顔をする。しかしジンはそれを無視する。


「……何にもしないならこっちから行きますよぉ!」


 セルトは剣を強く握り、地面を蹴る。一瞬でジンに駆け寄ると剣を振りかぶり、彼の頭目掛けて振り下ろそうとした。


「やあああああああ! ……え?」


 だが、それはいつまで経ってもジンには届かなかった。剣が彼女の頭上を通ろうとした時、左右から突如現れたハンゾーとゴウテンに両腕を肘の辺りから切り飛ばされてしまったのだ。


「ジン様!」「ジン!」


 二人の声に反射的に目を開けたジンは一瞬で状況を認識し、神剣を視界に納め、宙に浮かぶそれに向かって矢のように飛び掛かると、しっかりと剣を握りしめたままの彼女の両腕ごと掴み、20メートル以上先のところに着地した。


「ミコトォォォ!!」


「オッケー!」


 すぐさまミコトが結界を展開する。


「え? え? え?」


 目まぐるしい状況の変化に、戦闘の経験が皆無であるセルトは付いていけず困惑する。


「『封印』!」


 そんな彼女を置いて、ミコトが鋭く叫ぶ。その瞬間、セルトの周囲に光の膜が生まれる。


「な、何これ?」


 恐るべき速度で両腕を回復させながら驚くセルトを他所に、その膜が凄まじい速さで重なっていった。そして、僅か数秒で彼女は数百もの光の結界に囚われることになった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「いやー、お疲れお疲れ」


 ミコトが一仕事終わったとばかりに、額に浮かんだ大量の汗を右手の甲で拭う。


「とりあえず、私の出来る限界まで結界張ったから大丈夫なはず。というかこれで無理ならどうしようもない」


「さすがミコト様! お疲れ様でした!」


 ゴウテンがミコトに駆け寄る。その一方で、それを見たハンゾーはジンの方へと向かった。


「ジン様、ご無事ですか?」


「ああ」


 ジンはセルトの腕の上から神剣を握っていた。ハンゾーが寄って来たのを見ると、ジンはその剣から手を離した。ドサリと地面に剣と腕が落ちる。


「経験の有無に救われましたな」


「ああ。やばい相手だった」


 ハンゾーとゴウテンの攻撃が通ったのは単にセルトの戦闘経験値の低さに起因しているのは明白だった。複数人と戦っているのに、全ての意識をたった一人に向けていたからこそ付け入る隙が出来たのだ。


「……少し離れた所にあの子供が気絶しているはずだ。そいつも拘束しておいてくれ」


 その言葉にハンゾーは頷く。


「分かりました」


「ここは任せるぞ」


「ええ。いってらっしゃいませ。必ず取り戻してください」


「ああ。分かっている」


 ハンゾーにそう答えると、ジンは全力で走り出した。あっという間に彼の姿は木々の隙間に消えていった。


「行っちゃった?」


「ええ。姫様、お疲れ様でした」


「うん。ハンゾーも。それで、その剣どうするの?」


 地面に無造作に放置されている神剣を指差してミコトが尋ねる。


「結界の中にいる少女とできる限り引き離した方がいいでしょうな」


「そうねぇ。じゃあお父様に預けちゃう?」


「ええ。それがよろしいかと。フィリアを封じるための武器ですからジン様の手が届く所にある方がいいでしょう」


「それじゃあ、こっちの子はどうする? このままにする?」


「それは流石に危険かと。ですので、こちらは例の場所でより完全に封印したいと思います」


「ああ、あそこ。まあ、それなら安心かな?」


 ミコトは自国にある特殊な空間を思い出した。その空間では不思議な事に時間が停止しており、特定の手順を経ないと出入りする事すら不可能な場所である。カムイが創ったとされており、彼女たちの国では危険物等は全てそこに閉じ込める事になっていた。


「さてと、使徒の人達が来る前に撤収しないとね」


 そう言うとミコトはゴソゴソと腰につけていた小さな鞄の中から小さな金属製の筒を取り出した。


「ホイ、入って」


 ミコトはその筒をセルトを封じた結界に向ける。すると次の瞬間セルトごとその結界が筒の中に入っていった。これまたカムイが創ったとされる、物体を吸収する空間が内包されている『吸封管』という秘宝である。ミコトは普段これを食糧庫として扱っていた。


「それじゃあ、行こっか。っと、その前に念の為念の為」


 鞄に『吸封管』をしまうと、今度は神剣も簡易的に封印する。運んでいる間、セルトとマタルデオスが引き寄せ合うのを防ぐためだった。


「じゃあ、改めて出発! ハンゾー、ジンの事お願いね?」


「はい、心得ております」


 その言葉にニッコリと笑うと、ミコトはジンに言われて拘束した子供を肩に担いだゴウテンを引き連れて、コウランのいる宿へと向かった。その後ろ姿を見送ったハンゾーは、顔を引き締めて、今度はジンが走り去った方へと顔を向けた。


「何事もなければ良いのだが……」


 ボソリと呟いたその言葉は、静かになった森の中でやけに響いた。

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