第214話勇者の強さ

 目の前の少年の攻撃を回避する。彼がナギの子供だという事を聞いて、混乱しつつも体は反射的に戦闘に対応していた。


「くそっ!」


 必死になって爪を振り回す少年の攻撃はジンにとって大した脅威ではない。殺すのは一瞬で済む。しかし、伸びた手に合わせてカウンターとして短剣をその胸に刺そうとして躊躇し、その度に後ろに飛び、距離をとる。先ほどからその繰り返しだ。


「なんで戦わないんだ!」


 シンラは怒鳴る。母親の仇を殺す覚悟を決めてきたというのに、当の相手は彼と真剣に戦う事を拒否しているのだ。つまり、拒否する権利がある程に、二人の間には隔絶した実力差があるのだという事を、幼い彼であっても気がついていた。


「戦え! 戦えよ!」


 駄々をこねるように、シンラは叫ぶ。しかし、ジンはそれでも戦う選択肢をどうしても選べなかった。自分の手で肉親を殺すのはもう懲り懲りだった。例え目の前の存在が人外だとしても、魔人や魔物になった人々を『人』として受け入れてきた彼にとって、姿の違いなどさして重要なものでは無かったのだ。


 どう考えても、シンラの生まれは歪んでいる。姉の子供と言っても恐らく黒幕が人為的に実験をした結果生まれた存在だろう。だがそれは少しジンに似ている。『神為的』と言えばいいか、彼も運命を定められて生まれてきたのだ。だからこそ、ジンは目の前にいる少年にいくら殺意を向けられても、戦おうと思えなかった。


「うああああああああ!」


 シンラの攻撃を回避しながら、彼をどうするか考える。その瞬間、背後で悍ましい気配を感じ、咄嗟にそちらに目を向けた。シンラはその隙を狙ってジンの胸に爪を突き立てようとした。しかし、ジンからすればそれすらも遅い。容易く腕を掴み、胸に突き刺さる直前で完全に勢いを止めた。その上で、その目は不気味な気配がする方に向けられたままだった。シンラはそれを見て歯噛みする。


「くそっ! 放せ!」


「なんだ、あれは?」


 呆然としているジンの目に、所々を血が染めている白い布を軽く巻いただけの半裸の少女が神剣を持って、3人の女性達を処刑していた。白い布はもう血で染まりきっていた。


「あれは……」


 ジンは口籠る。少女の異質さが一目で分かったからだ。技術は恐らく大した事はない。ハンゾーとゴウテンならば心配いらない。しかし能力は恐らく桁外れだ。彼ら二人が敵う相手ではない。例え、卓越した技術があったとしても、『蒼気』で身を包んだとしても、アレはそんな次元に立っていない。


 ふとジンはレヴィを思い出す。あの男と初めて会った時の感覚と同じだった。強さの次元を超越した、四魔すら倒せる力を持っている存在。


「あれが、勇者なのか?」


 そう呟く彼の目に、少女がどんどんハンゾー達に近づいている様子が入ってきた。


「まずい!」


 数舜後に起こる事態を想像し、ジンは目の前の少年から、優先して打倒すべき敵を定める。


「うわあああああああ!」


 シンラが叫びながらジンの顎を目掛けて右膝を打ち込もうとする。


「悪いな」


 だがその前にジンはパッとシンラの両手を解放すると、バランスを崩した彼の腹に拳を叩き込む。鋼のような皮膚を通り越して、凄まじい衝撃がシンラの体に浸透し、あまりの痛みに彼はそのまま気絶した。それを確認すると、ジンは体を無神術によって5倍まで強化し、さらにレヴィとの戦い以降身につけた『力の権能』、黒い闘気を纏って地面を蹴った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「次はあなた達だよ」


 セルトの言葉に、ハンゾーとゴウテンは一層警戒態勢を取る。『蒼気』で体を保護し、武器を構えた。しかし次の瞬間、ゴウテンが吹き飛ばされた。セルトは一歩も動いていない。ただその場で剣を軽く振っただけだった。それだけで凄まじい衝撃波が発生し、ゴウテンにぶつかったのだ。


「がはっ!?」


 木々を薙ぎ倒しながら、10メートル以上吹き飛び、地面を転がる。しかし、すぐさま立ち上がるとハンゾーに駆け寄った。


「無事か?」


「はい。ただ、あれはやばいですね」


 罅の入った眼鏡を右手の中指で押し上げながらセルトを睨んだ。


「うむ。正直人間としてのレベルが違いすぎる。先程のあの娘の兄がいかに弱かったかがよく分かる」


「殺すのは早計でしたね」


「むぅ。だが、あの外道を生かすのは儂の主義に反する」


「師匠、柔軟性は必要ですよ」


 そうは言いつつも、まさかあのような少女が現れるとは二人にも想定外すぎた。ボソボソと二人でそんな雑談をしていると、いきなりハンゾーとゴウテンの目の前に神剣が回転しながら飛んできた。


「なっ!?」


 ゴウテンの反応が一瞬遅れる。何せ投擲武器ではなく、たった一つしかないメインの武器、それも神剣を投げるなど想像していなかったからだ。


「くっ!」


 咄嗟にハンゾーがゴウテンを蹴り飛ばす。またしても吹き飛ばされるもゴウテンはすぐに起き上がった。


「くそっ! 素人が!」


 見るからにセルトの動きは素人だった。戦術も何もない。だが、それでも身体能力が違いすぎた。高速で投げ飛ばしたはずの神剣を、セルトはハンゾーの数メートル後方で受け止めたのだ。


「師匠! 後ろ!」


距離をとったおかげでそれにまず気がついたゴウテンがハンゾーに向かって叫ぶ。ハンゾーはその声が耳に届くか届かないかのタイミングで、ゴウテンとは反対方向に飛んだ。次の瞬間、セルトが神剣を前に突き出して突進してきた。ギリギリ目で追うことが出来た走った姿は、見ただけで運動が得意でない事がわかる。それなのにそのスピードは常識の範疇を超えていた。


 ハンゾーはそのまま片手を地面についてくるりと回って着地し、セルトの方に目を向けた。だが既に目の前にセルトの顔があった。


「なっ!?」


 驚愕するハンゾーに向かって、セルトが無造作に剣を振り下ろそうとする。しかしそこでギリギリジンが間に合い、セルトを横から飛び蹴りして吹き飛ばした。


「無事か?」


「ありがとうございます。どうにか無事のようです」


「それで、どうする?」


 ゴウテンも集まってきてジンに尋ねる。本来ならばここで引くのも手の一つだが、シオン救出という目的から考えて、ジンがその決断をしない事は明白だった。


「戦った感じ、あれはどういう奴だ?」


「まだ大して戦っていないので、底は見えませんが、想像を絶する程の身体能力を持った素人といったところでしょうな。あれの兄を殺しましたが、そちらも技術はなく身体能力のみでした。ただ其奴との違いは圧倒的なまでの性能差でしょう」


「師匠の言う通りだ。その上、兄貴以上に人格も破綻しているときてやがる。野放しにしたら笑いながら徒に人を殺すタイプだ、ありゃあ」


「なるほどな。あのクソ女神が好きそうな人選ってわけだ」


「ところでジン様、先程の小童はどうしたのですかな」


「あいつは……いや、その話は全部終わってからする。それよりも、今は前の奴に集中するぞ。あんまり時間はかけられねえ」


「お話はぁ、終わりましたかぁ?」


 ゆらゆらと体を揺らしながら起き上がると、セルトは顔に笑みを浮かべながら聞いてくる。ジンの蹴りは大して効いていないようだった。


「マジか。結構本気で蹴ったんだけどな」


「あなたが蹴ったんですねぇ」


 そう言った瞬間、ジン達の視界からセルトが消えた。


「お返しですぅ」


 のんびりとした調子の声が右傍から聞こえてきた事をジンは認識した瞬間、咄嗟に右腕に力を入れて、左足を踏ん張って構える。直後、凄まじい衝撃と共に彼の体が揺らぐ。


「ぐっ!?」


 『強化』しているはずの肉体の芯に響くような一撃に、ジンは思わず顔を歪めた。


「あれぇ? 飛ばないや。じゃあ、もう一度ぉ」


 そう言ったセルトは、再びジンを蹴る。その衝撃に今度は耐えきれず、吹き飛ばされた。しかし、ハンゾーとゴウテンが主人に対して攻撃を加えて出来た隙をついて、剣を振り下ろす。セルトはそれを躱そうとするが、身に纏っていた白い布の先を踏んづけてバランスを崩し、二人の剣を躱し切れず、それぞれ背中と胸を剣で切り裂かれた。


「きゃあ!」


 少女らしい悲鳴を上げ、顔を苦痛で歪めるも、次の瞬間には傷が回復し始める。ハンゾーとゴウテンは急いで距離をとった。


「まあ、予想はしていたけど、回復力も半端ないのか」


 首を右手で揉みながらジンが戻ってくる。彼も大してダメージを受けた様子はなかった。


「痛いなぁ、この体を傷つけていいのは兄さんだけなんだからぁ。あぁ、でもその兄さんも死んじゃったんだよねぇ」


 悲しみのためか、セルトは空を見上げて涙をこぼす。


「情緒不安定にも程があるな」


 ジンは悪態をつく。


「でも、うん。少し分かったかも」


 そう言うと、セルトは軽く剣を振り、それと共に体を動かした。その動きは先程ハンゾーとゴウテンが見せたものにそっくりだった。さらに彼女は次から次へとハンゾー達の動きから連想したかのように様々な型を舞ってみせた。


「なに!?」


「まさか、一目見て学習したと言うのか!?」


 ゴウテンとハンゾーが目を丸くする。セルトが見せる鮮やかな舞からは、もう先程までの身体能力任せの少女の姿は消えていた。そこには卓越した技術を持つ一人の戦士がいた。


「まずいのう。時間が経てば経つほどこっちの技を盗む上に、応用までしてくるタイプか。あの男よりもよっぽど天才という言葉が似合うわい」


「ねぇ、もっと私にあなた達の動きを見せてよ」


 猛禽類の様な目でジン達を観察するセルトに、彼らはゾッとする。自分たちがまるで俎上の鯉になった様な気分だった。


「いかがいたしますか? ここで排除しなければ、次に会う時は恐らく今以上の化け物になっているはずです」


「だが……」


 シオンの状況が分からないため、これ以上訳の分からない少女に時間をかけている暇はない。しかしハンゾーの言う通り、目の前の少女の学習スピードは異常だ。今消しておかなければ、近い将来確実にジン達の邪魔になるだろう。


「はい! こんな時こそあたしの出番でしょ!」


 そんな状況下に、効果音でも聞こえてきそうな様子で突然空からミコトが降ってきた。

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