第190話矛盾

「なあ、ジン。君は一体何と戦っているんだ?」


 ベッドの中で、シオンがジンを見つめて尋ねる。ジンはそれになんと答えるべきか悩む。全てを話すべきか。それとも隠すべきか。彼が選択する前にシオンは逃げ道を塞ごうとする。


「さすがに、適当な事は言うなよ。僕はもうお前が何か大きなものと戦っているのは知っている。それに使徒では無いのに四魔に狙われている事も、僕たちが持っていない力を持っている事も」


 ジンがフィリアの使徒では無い事を彼女は既に知っている。しかし、彼は龍魔を退け、協力したとはいえ2体の魔人を倒し、法魔すらも打倒した。とてもでは無いが単なる人間には出来ない事だ。それに彼は入学試験などで見た限り、法術をまともに扱えない。それなのに凶悪な敵を倒してきたのだ。


「それは……」


 彼はそれでも言うべきか迷う。彼女を手放さない為には全てを話すべきだ。しかし、心のどこかで、それを言えば彼女を巻き込む事になるという事への抵抗感が存在しているのも事実だ。そうして悩んだ結果、彼が選んだのは、秘密を共有するという事だった。


「この世界にはフィリアとオルフェの2柱の神がいて、魔物や魔人はオルフェの呪いによるもので、フィリアが人々を救う為に使徒を生み出したという神話は知っているよな」


「ああ、もちろん」


「それが全て嘘だとしたら、どうする?」


「え? どういう事?」


「フィリアが狂い、オルフェと称して全ての人々に呪いをかけたんだ」


 ジンの言葉にシオンは目を丸くする。


「オルフェの使徒と呼ばれる魔人も、フィリアの使徒も、魔物も、全てが彼女の娯楽として生み出された」


「ちょ、ちょっと待って。意味がわからない。だってフィリア様は僕たちに抗う術を渡しただろう? なんでそんな方が全てを仕組んだなんて言えるんだ?」


「俺は学校に入る前に、こっちの人々が言う魔界に住んでいた。姉ちゃんを殺した後にな」


「嘘!? どうやってあの結界を越えたの?」


 人界と魔界にはフィリアによって生み出された巨大な結界が張っており、簡単には越えられない様になっているのが常識である。かつて起こった人魔大戦においても、結界にできた穴から漏れ出た魔物たちを倒しながら、その穴を強引に使徒たちが拡張し、攻め入ったという話だった。つまり、結界に穴ができない限り、オルフェの配下の者は乗り越える事が出来ないのだ。


「それは、あの大結界を張ったのがオルフェだからだ。オルフェは魔界、いや亜人界に住む人々をフィリアの魔の手から救う為にあの結界を生み出した」


「それじゃあ、君が越えられたのは……」


 ジンが意味する事は、フィリアの使徒は結界に穴が出来ない限り、強引に乗り越える事が出来ないが、オルフェの配下ならば自由に結界を乗り越えられるという事だ。そしてそれが出来るという事は、彼がオルフェの力を持つ者であるという事を示している。


「ああ、と言いたいところだが、少し違う。俺はオルフェではなく、ラグナ、奴の息子の使徒だ」


 新たな名前が出てきて、シオンは混乱する。


「ラグナって?」


「オルフェは大結界を維持する為に、その場から動けない。その為に自分以外でフィリアを打倒する為の存在を生み出す事にした。それがラグナだ。俺はラグナの命令で人界に来たんだ。フィリアを殺す為に」


 ジンの言葉に呆然とする。彼が隠していた秘密が本当なのか、嘘なのか、判断する事が出来ない。それをする為の十分な材料を彼女は持っていない。


「俺はラグナが対フィリア用に創り出した人間であり、彼女から見れば『加護なし』の俺は存在すらしていないらしい。だからラグナが言うには、フィリアを気付かれずに倒す事が出来るそうだ」


 その言葉の矛盾点に彼が気付いていない事にシオンは気がつく。フィリアが気付いていないならば、なぜ四魔が彼を襲いに来るのか。その上、成長の手伝いすらしている節がある。本当に四魔がフィリアの直属の配下ならば、絶対に気付いていないなど、あり得ないはずだ。さらに彼の身近にはあまりにも異常な事件が起こりすぎている。合成獣然り、魔人然り、四魔然りだ。


「ちょっと待ってくれ。おかしくないか? それならなんで四魔が君の元に現れるんだ? それに他の魔人だって。そもそもナギさんが法魔になったのだって、君の話しが本当ならば、あまりにも出来過ぎている」


「え?」


 ……おお、ついにそこに気がついたかな? あんな適当な嘘を亜人界に住む人々とアカツキの人々、誰1人も疑問に思わないなんてね。まあ、そんな風に細工したんだけど、さすがに管轄外の子には無理があるか。


「ジンの話が事実だとして、本当にラグナというのは信頼できるのか?」


「い、いやそんなわけない。あいつが嘘をついているわけが……」


 ……おっと、まだ僕を信じてくれるのか。ひははは! さすがジン君、どれだけ僕のピエロになってくれるんだ! でも、さすがに考えるしかないよね。僕が今までどんな事を言ってきたか。気付いてくれると嬉しいんだけどな。っと、話を元に戻そうか。作家がいつまでも作品の中に介入するのは無粋だ。


「本当にそんな事無いって言えるのか?」


 ジンは彼の言動を思い出そうとする。確かに言葉の節々に人間を下に見る態度が見え隠れしていた気がした。そして、四魔の発言も。彼らの目的はジンを強くする事だった。それもフィリアの贄として。それならば、フィリアにジンの存在は初めからバレていたのではないか。そんな疑問が頭の中を過って首を振る。それが真実だとしたら、自分は一体なんの為に生きてきたのか。そんな考えに苛まれる。


「いや、やっぱり有り得ない。ラグナの目的はフィリアの打倒だ。そんな事をする意味があいつには無い」


 ……本当に、どこまでもいい子なんだ。まあ、今までの全てが無意味になるかもしれないって事を受け入れたくないから思考を停止させるんだろうね。っと、続き続き。


「でも……」


「有り得ないんだ!」


 ジンは思わず声を荒げる。その声に驚いてビクリとシオンは震えた。


「悪い。でもやっぱり有り得ない。俺は……」


「……ごめん。何も知らないのに勝手な事を言って」


「いや、いいんだ。確かに突然こんな話をされたら、変に思う所もあるだろう」


「うん……そうだね」


 彼の様子に違和感を感じるも、シオンは言葉を飲み込んだ。ジンの言葉が全て真実なのだとしたら、自分たちがこのまま行くとどうなるのか、一抹の不安をシオンは覚えていた。


「と、ところで、これからどうするんだ?」


 強引に話を変えようとするシオンに、ありがたいと思いつつ、ジンが今後の計画を彼女に説明する。


「とりあえず、学校で何か起こるらしいから、その調査をする。だからまずはオリジンに向かう。……一緒に来てくれるか?」


「うん、もちろん。テレサ達にも協力してもらえないかな?」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『あら、もう考えるのは止めてしまったのかしら』


 比類なき美貌の女性が目を逸らし、同じく想像を絶する妖艶な美を備えた青年に目を向ける。


『しまったなぁ。魂への細工が強すぎたかも。まあ、それはそれで面白いんだけどね』


 この辺りは青年と女性の考え方の違いだろう。女性が傍観者である以上に内面まで演者の感情を見たがるのに対し、青年はあくまでも傍観者で居続けようとするのだ。まどろっこしい介入ばかりしたがる。良い例がスタンピードの時だ。わざわざ殺す必要のない人間を殺す事で話を広げた。あれはあれで話が面白くなったと彼女は考えていたが、それでも初めは何の意味か分からなかった。結果、より面白くなって満足したのだが。


『ふぅん、相変わらず変わっているのね。想いまで知れた方が面白いのに』


 彼女としてもジンの本当の心情を知ってみたいのだが、残念ながら彼を創ったのが彼女ではないので、その心の内に介入できない。せっかく面白い物語なのに、主役の心情を理解できないのは、全てを知りたい彼女にとって歯痒いものだった。


『まあ、確かにそういうところはあるよね。僕もたまに演者達の心情が見たくなる時もあるし、でもそれ以上に、そういった事を想像するのが楽しいんだ。例えば、彼がお宅のレヴィが攻めてきた時に【俺がいればみんなの迷惑になる】なんて考えているんじゃないかなって想像してみたりね』


『……相変わらず悪趣味ね。なんであなたみたいな子が兄さんから生まれたのかしら?』


 目を細めて皮肉る彼女に青年も言い返す。


『さあ? でもそれはおばさ……お姉さんに言われたく無いな。あなただって父さんと同じ血肉を持って生まれてきたはずだろう?』


 ただおばさんと言ったところで睨まれたので言い直した。


『まあ、それはそうね。兄さんもいつまでも下らない事に力を費やしてないで、もっと楽しめばいいのに』


『んー、無理じゃないかな? あの人堅物すぎるし。世界はこんなに娯楽に満ち溢れているのにね』


『それで……次はどんなお話にするの?』


『うーん、考え中なんだよね。そろそろ温めておいたものを出すべきかなって思うんだけど。10年も温めたものをここで出していいのかなっていう葛藤があってさ』


 彼らにとって10年は短いが人間にとってはとても長い。せっかくの作品を今後も長く楽しむ為に、安易にその手札を使っていいのだろうかと、彼は考えていたのだ。


『それって、あの子の事よね。今回の物語で扱ったんだから話の流れ的には合っているんじゃない? 今後もいくらでも私の子供達は使っていいから、もっと面白いものを生み出してくれると嬉しいのだけれども』


 彼女は自身が生み出す悲喜交々の物語に飽きていた。何百年、何千年と行っていれば飽きが来るのも当然だ。しかし、残念ながら自分の頭は一つしかない。想像の限界は来てしまう。そんな時、協力者となった彼はとても彼女では思いつかないような画を頭の中に持っていた。そんな彼が周到に準備を続けてきた作品が漸く始まったのだ。もっと観たいし、もっと知らないものを知りたかった。


『そうかな。うーん、確かにそうかも。それじゃあ、そうするかな』


 そうしてラグナは動き出す。フィリアに面白い物語を提供する為に、そして自分がもっと楽しむ為に。


『ああ、楽しみだ。次はどんな顔をしてくれるのかな?』


 道化のジンの姿を想像し、まだ見ぬ展開に期待しながら、酷薄な笑みを浮かべた。




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【後書き】

カクヨムでの書き方を知らないのでこちらで

ここまでお読みになった方で既にお気づきの方もいたと思いますが、ジンの苦労の元凶は全て彼に有りました。全くの茶番ですね。黒幕のあいつはこの物語を叔母の彼女に捧げる為に作り上げてきました。

何て言うのでしょうか? オバコン? 

という事で、この話で漸く唐突な一人称視点が誰を通して作られていたのか、そして物語のメインの話が誰によって生み出されていたのかが明確になったと思います……多分。

この展開が書きたくて3年間温め続けてきました。なぜ他のサブキャラにはあるのに、主人公のジンには一人称視点がメインの話がなく、たまにしか地の文以外で明確に思った事が書かれていないのかとか、黒幕の話し方の節々に現れる態度の悪い表現の仕方に違和感を覚えたりとかした方もいると思います。

とりあえずこの章はあと1話で終わる予定です。そして物語はついに第一部を幼年編、第二部を少年編とした時の第三部に当たる青年編が一段落する予定です。第四部も分類としては青年編ですが……

後書きが長くなりましたが、ジンの物語はまだまだ続きます。

引き続き読んでいただけるよう頑張っていきますので、応援お願いいたします!

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