第189話赦し

 虫の知らせとでもいうのか、先ほどから妙に心臓が締め付けられていた。ジンが死んだ事の知らせの様だった。体の内から何かが失われていく様な気持ちになってくる。だから救出活動に一段落ついたシオンは兵舎へと向かった。さらに救助中に遠くからでもわかる爆発を見ていたので、彼女の足は自然と早くなっていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜


 部下から彼が休んでいる場所を聞き出す。彼は近くの救護院の一室で治療を受けているとの事だった。急いでそちらに向かい、部屋の前まで来ると、ノックをした。


「ジン?」


 しかし、しばらく待っても、返事は無く、シオンはそっとドアを開けた。


「ジン! 大丈夫だったか?」


彼の名を呼びながら駆け寄る。とりあえず見た目には大きな外傷は無く、安堵する。だがジンはベッドに腰掛けて、下を向いたまま、彼女に目を合わせようとしない。


「それで……」


 口籠る彼女にジンは頷いた。


「ああ。殺した」


 覇気のない口調に、シオンの胸は締め付けられる。なぜこの様な目に彼が合わなければならないのか。なぜ彼だけに大きな試練が次から次へと起こるのだろうか。まるで、意地の悪い神が彼を苦しめているかの様だね。合成獣、エルマーの姉のサラの時も、レヴィの強襲で友達を守るために1人を選んだ事も、魔人となったアルフォンスとその恋人を手にかけた事も、そして、姉を2度も殺した事も、それらの全てが彼を深く傷つけてきた。シオンはなんと声をかけようかわからないまま、ジンに近づく。


「ジン……」


 近くまで寄ると、彼が体を微かに震わせている事に気がつき、思わず抱きしめる。光のない虚な目を虚空に向けてジンはボソリと呟く。


「俺、頑張ったよ」


 その言葉を聞いて、シオンは感情を抑えきれなくなり、涙をこぼし始めた。


「……ははは、なんでお前が泣いてるんだよ?」


 力なく笑うその顔はきっと歪んでいるのだろうとシオンは思う。


「もう……もう、いいんだ。辛いなら泣いたっていいんだ」


 彼にとってナギがいかに大切な存在なのか気づいていた。そんな存在を彼は2度も殺したんだ。シオンは彼が一体どれほどの覚悟でそれを成したのかを想像する。しかしとてもではないが、彼女にはきっとできない。そう出来るほど彼女は優しくない。


「駄目なんだよ。俺はこれ以上泣いちゃいけないんだ」


 その言葉にバッと体を放して彼の顔を見る。頬には涙の跡が残っている。そして顔を歪めて笑っていた。まるで強引に泣き止み、その苦しさに耐えているかの様だ。


「なんで!?」


 シオンの言葉に、ジンは目を細め、無理やり笑いながら呟く様に言う。


「だって、俺は人殺しだから」


 彼の言葉がシオンの心を一層締め付ける。


「……君は、君は何も悪くない! 皆を守るために戦ってきたんだ!」


「ああ、そのために多くの人を傷つけた……多くの人の人生を壊した……そして多くの人を殺した」


 ジンは力なく笑いながら思い出す。ナギの事を、ウィルの事を、マリアの事を、エルマーとサラの事を、アルフォンスやアイラの事を、幼いティータの事を、そして訓練として殺した多くの人々の事を、一人一人思い出す。彼らは全員ジンと出会わなければ死ぬ事は無かった筈だ。


 救った命と奪った命の差が大きすぎる。彼らが得るべき喜びを、愛を彼が受け取っている事に強い罪悪感、いやそれ以上に自分に対して忌避感を覚える。


「……なあ、シオン」


「なんだ?」


「やっぱり別れよう」


「え?」


「俺は……俺は幸せになっていい人間じゃない。お前に愛してもらえる資格は……」


 シオンはその先を言わせなかった。彼女は強引にキスをして、彼の言葉を防ぐ。


「僕は、お前が好きだ。その想いに資格なんて必要無い!」


ぼんやりと彼女を見つめるジンに涙を流して叫ぶ。


「お前が苦しい時は絶対に支えてみせる! お前が幸せにならないなら、僕は何度でも幸せにしてみせる! だから……だからそんな事言わないでくれ……これ以上自分で自分を傷つけないでくれ!」


 シオン自身も何を言っているのかよく分からない。だが今のジンが壊れそうになっている事だけは、彼女も理解していた。だからこそ、そんな彼を救う事ができるのはきっと自分だけなのだという事も。シオンはジンをまた強く抱きしめる。


「今だけだ。今だけを考えればいい。過去も未来も関係ない。君は自分が幸せになる事だけを考えるべきなんだ」


 その言葉はナギがジンに告げた約束と似ていた。ジンはシオンの背に恐る恐る手を伸ばそうとして葛藤する。それをする事が、それを受け入れる事がひどく恐ろしかった。そう考える度に、その想いが強くなっていく。まるで甘い蜜の様な言葉に惑わされそうになる。自分にはその資格が無いというのに。だからジンはシオンを引き離そうとした。だが彼女はジンに一層強く抱きついて、放そうとしなかった。


「どれだけ……どれだけ自分を受け入れられなくても、僕がずっとそばにいるから、どれだけ自分を許せなくても、僕が君を許すから……だから君も自分を見捨てないでくれ!」


 それは純粋な愛では無く、依存的な愛だった。痛みを埋める為の代替品として彼女を愛する事を彼女は許してくれたのだ。そんな反吐が出る様な想いを向けられる事が分かっていながら、それでも彼女は自分を受け入れてくれるのだ。この感情は自分を救おうとしてくれる彼女の気持ちに応えられるものでは無い。その想いを傷つけるものだろう。それが分かっていても、彼は彼女の背に回す手を止める事が出来なかった。


 ただ誰かに支えて欲しかった。ただ誰かに受け入れて欲しかった。ただ誰かに許して欲しかった。ただ誰かに救って欲しかった。


 ジンはシオンをベッドに押し倒す。肉欲で彼女を気持ちを引き止めたかった。肉欲で彼女の愛を貶めたかった。肉欲で受け入れて欲しかった。肉欲で彼女を汚したかった。そこに情愛はなく、ただ偏執的な愛しかなかった。


 シオンは一瞬目を丸くしてから、そっと彼の頬を両手で包むと、優しい笑みを浮かべながら泣きそうな彼に口付けをした。


「いいよ」


 全てを受け入れるその言葉を聞いたジンは、彼女の体に手を伸ばした。そしてほぼ無い胸を掴む。


「痛っ!」


 力加減が分からなかったので、想像以上に強かったらしい。その言葉にびくりと怯えて手を離す。シオンはそれを見て苦笑する。


「ゆっくり、優しく触ってくれれば大丈夫だから」


「こんな感じか?」


 今度は撫でる様にジンは触る。


「あっ……うん、そのぐらいなら……んっ」


 徐々に双乳の中央部が膨らみ始める。その事に気がついたシオンが顔を赤らめるも、ジンは彼女の上着を脱がし、恐る恐るその片方に舌を伸ばし舐め始めた。


「……はっ、あっ……」


 シオンの口から喘ぎ声が漏れ出そうになる。だが恥ずかしいのか口を抑えている。しばらく胸で遊んでいたジンは右胸の突起を片手で弄り、左胸を舌でしゃぶりながら、ゆっくりと右手をシオンの大切な秘所へと伸ばしていった。ズボンの中の下着に手を差し込み、僅かばかりの茂みの感触を越えて、微かに濡れているそこへと辿り着く。突如、シオンが思い出したかの様にジンの頭を掴んだ。


「待って、体洗ってない!」


 一日中駆け回っていた彼女は間違いなくあまりいい匂いでは無いだろう。だがジンは彼女の声を無視してそのまま続ける。


「うぁっ……だ……から、ちょっと待っ!」


 彼女を黙らせる為に強引にキスをし、舌を口の中に入れてかき回す。突然の行為に彼女は目を丸くさせるが、次第に自らも絡め始めた。


「ぷはっ、だから体を洗わせっ……んむっ」


 再度ジンがシオンの口に舌をいれる。彼女は息継ぎもまともに出来ず苦しくなりながらも、彼の愛撫に体が反応してしまう。


 やがて、息も絶え絶えな彼女の前で服を脱ぎ、彼女の服を脱がしてから、ジンはのしかかる。シオンもさすがに怯んだのか、胸の前に両手を上げて、彼と少しでも距離を取ろうとする。


「痛かったら悪い」


「う、うん」


 ジンはそれを見てから挿入する。


「痛っ」


「もう少し我慢してくれ」


「ぅん」


痛みで顔を歪める彼女を宥めながら、彼はそのまま続け、やがて初めての証が彼女の秘所から流れ始めた。


「大丈夫か?」


「う、うん。なんとか」


「……ありがとう」


 ジンの言葉にシオンは笑った。それから痛みが少し治まるまで待ってから、ジンは彼女を激しく求めた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 明け方、ジンは目を覚ました。自分の隣には一糸纏わぬシオンがすやすやと眠っていた。彼女の顔にかかった髪を払いながら、2年前と比べて随分と伸びた事に今更ながら気づく。自分の醜い欲望をぶつけられながら、ただただそれを受け入れてくれた彼女の唇を親指でそっと撫でる。するとその手を掴み、柔らかい笑顔を浮かべながらシオンが目を開ける。


「今度は逃げなかったな」


 彼女の言葉が何を意味しているのか理解し、ジンは苦笑して頷いた。


「ああ、流石にそこまで外道じゃねえよ」


 下卑た欲望すらも向き合ってくれた彼女を決して彼は手放したく無かった。もし彼女が自分から離れたい、逃げたいと思っても、彼はもう絶対にそんな事を許すつもりは無い。きっと彼女もそれは分かっているのだろう。それでも彼女はそんな彼を許し、受け入れてくれたのだ。それから彼は彼女の腹部をそっと見つめる。自分のものだという証を彼女の中に注ぎ込んだ。シオンも彼の視線に気がつき、空いた手で優しく自分の腹部を撫でた。


「もう2度とお前を手放さない」


 真剣な声色にシオンは破顔する。


「当たり前だ。宰相の娘に手を出したんだ。そんな事してみろ。国中で指名手配してやる」


 冗談めかして言う彼女に、ジンは再びキスをした。


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