第191話エピローグ

「さてと、今回の一件、よく解決したと言いたいところだが、実際どの程度の強さだったんだ?」


 街に到着したイースがアレキウスとウィリアムに尋ねると2人は難しい顔をした。


「正直な話、伝説と違って弱かった気がしますよね」


「ああ、使う術も少ないし、何よりも向かい合った時の絶望感っていうのをあまり感じなかった。以前見た龍魔王の方が数倍もやべえ」


「ほう? つまり、奴は法魔王ではなかったということか?」


「なんとも言えません。他の魔人と比べると確かに強かったと思います。実際にほぼ何もさせてもらえませんでした。ただ、伝説通りかと言うと疑問が残ります。伝説だと法魔王は世の理にすら干渉したらしいですけど、あいつはそんな事をしませんでしたし」


「伝説が過剰に語られていたのか、それとも法魔王が弱体化していたのか、あるいはそもそも法魔王ではなかったのか、ということか」


「ええ、俺もそう思います」


 イースにアレキウスも賛同する。


「それで、他に何か違和感や問題はあったか?」


 その言葉に、アレキウスとウィリアムはしばしレトの行動を思い返す。


「……強いて言えば、酷く人間臭かったところっすかね」


 レトは強者を追い求め、戦い、喰らう事を望んでいた。場合によっては何もせずに逃した。もちろん価値が無いと断じたらどこまでも冷酷だったのだが、アレキウスには彼女の思考が、今まで見てきた殺人衝動に飲まれた魔人の様には感じられなかった。全てを餌として見下していたような節のある龍魔とはまた少しスタンスは異なっていた。


「魔人として未完成だったということか?」


 そういった現象が魔人に成り立ての場合に極稀に現れる事を彼らも知っていたが、しかしそれはあくまでも普通の魔人の場合だ。何度も転生をしてきたはずの彼女がそのような状況にあるとはとてもではないが考え難い。


「さあ、そこまでは分かりません」


「なるほどな。それで、協力者というのは?」


「今医務室で休んでます」


「どの様な人物だ?」


「以前龍魔王が初めて現れた時に戦っていた青年です」


 イースはかつての事を思い出す。龍魔王と対決しボロボロになりながらも変わった力、恐らく無神術で対抗した少年を思い出す。王家のみが閲覧可能な歴史書に、同様の力を扱う者達が亜人界との戦争で現れたという記述があったのだ。それもオルフェ側で。それが意味することはつまり、その青年が亜人界と関係があるということだ。しかし、それならばなぜ彼が魔人、それも四魔と対立しているのかという疑問が生じる。四魔とは本来オルフェの使徒であるはずだ。それなのにオルフェが管理する世界の力を持つ青年が対決しているのは一体なぜなのか。その違和感に彼も気が付く。


「……情報が足りないか。それじゃあ話を聞くとするか」


 イースがそう言ってアレキウスに目を向けると、その意図を察した彼が部屋を出てジンの所まで行こうとドアに向かった所、ノックがした。


「入れ」


 イースが短く言うと、副長のスコットが部屋の中に入ってきた。


「失礼します。協力者の代表がお会いになりたいそうです。いかが致しましょうか?」


「通せ」


「は!」


 そしてスコットに促されて、ジンとハンゾー、そしてシオンが中に入ってきた。チラリとシオンにイースが目を向けると、顔を赤くして気まずそうにしている。


「それで……一体何の用かな?」


 ハンゾーの方を見ると、ハンゾーに変わってジンが前に出た。


「あんた達に協力してもらいたい事がある」


〜〜〜〜〜〜〜〜


 ハンゾーは今までに多くの後悔をしてきた。しかしこれほどまでに気まずい後悔があっただろうかと彼は考え、否定する。誰だって自分の主人のそういった場面に出会すのは辛い事だ。


「失礼します」


 いつもと違ってノックをした後に、返事を待たずにすぐに部屋の中に入った。それが悪かった。目の前にはベッドの中でコソコソと幸せそうに話し合う主人とその恋人がいた。実の姉を殺した事で、かなり傷ついた彼を、彼女が救ってくれたのだろう。しかし、まさか自分がその場に居合わせる事になるなど考えていなかった。その場にいた全員の空気が凍りつく。だが、そこはやはり年の功と言うのか、真っ先にその状態から元に戻ったのもハンゾーだった。


「し、失礼しますた!」


 若干噛みながら急いで部屋を出た。直後に少女の悲鳴が聞こえてきたのは言うまでもない。


 それからややあって、部屋の中からジンの声が聞こえてきた。恐る恐るハンゾーが部屋の中に入ると既に彼らは衣類を着ていた。だが少女の方は頭を布団で隠している。ハンゾーは流れる様にジンの前で土下座をした。


「申し訳ありません!」


「……それで、何の用だ?」


 ジンはハンゾーの言葉を流して、訪問の理由を尋ねる。


「ごほん、イース王が到着なされました。いかが致しましょうか?」


 ハンゾーが逃げるかどうかを提案しているのだと理解し、ジンは否定するために首を振った。


「いや、調査の協力を要請しようと考えている」


「それは……」


 ハンゾーはちらりとシオンの方を見る。


「ああ、あいつは大丈夫だ。もう全部話した」


「……左様ですか。それでは話を戻しまして、なぜ協力を? 我々の使命を考えれば極秘裏に行った方が良いのでは?」


「確かにな。だが、限界がある。何よりも事件の規模がデカすぎる。恐らく俺たちが考えている以上にな」


 今までの事件が全て一つに繋がっているとすれば、もう彼らに出来る事は限られている。敵の所在地も、計画も、人数も、何もかもが不明なのだ。たった4人、シオンを入れたとしても5人で全てを解決する事は不可能だ。ならば手を借りる以外に術はない。


「お前の心配も分かっている。もちろんこちらの背景は必要最低限しか提示しない。ただ、それ以外は共有するつもりだ」


「なるほど、了解致しました。それでは早速向かわれますか?」


「ああ……シオン、そろそろ大丈夫か?」


「……うん」


 未だに顔を赤らめながらもシオンが頷いた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「久しぶり、と言っても一方的だがな。それで、話というのは?」


 イースがジンを睨む。


「これから起こる事について、知らせにきた」


「ほう?」


 それからジンは2年前にアイザックから聞いた話と、今回の一件から推測される事態について説明した。もちろん彼の背景には一切触れる事なく。


「なるほどな。複製体、魔人化計画、オリジンでの大規模実験、そして謎の研究者と父親の存在か。確かに有り得ない話じゃないな」


「どういう事だ?」


「近年、魔物が異常に発生している。自然発生によるものか、あるいは四魔が現れた事で連鎖反応的に増えたのかと思っていたが、お前の話の方がよっぽど説明がつく」


 アレキウスも、ウィリアムも、スコットも、シオンも彼の言葉に賛同する。1ヶ月に発生する魔物の数が飛躍的に上昇しているのだ。例年と比べると、少なくとも5から6倍だ。それも各地で発生するために、現在あらゆる地方に騎士団が送られており、首都を守る人材も激減している状況だった。この現状で、魔物や魔人がオリジンを襲ったとすれば一たまりもない。もちろんイースが控えているので負けるはずはないが、それでも被害は大きいはずだ。


「とりあえず、お前の話がどこまで真実か分からないが、調査をしよう」


「ああ、よろしく頼む」


「……アレキウス、ウィリアム、シオン。この部屋から出ていろ。少し2人で話をしたいのだが。どうかな?」


 その言葉にジンはハンゾーの方を見る。何か言いたそうな彼ではあったが、仕方なさそうに渋々と他の者と一緒に部屋から出て行った。それを確認するとイースがジンに尋ねる。


「お前はなんだ? なぜ無神術を操り、四魔に狙われている?」


 ジンはその質問に一気に警戒レベルを高める。


「くっくっくっ、なぜ知っているのかという顔だな。まあ、一言で言ったら御先祖様のおかげだな」


「……それを知ってあんたはどうする?」


「別に何も? それよりもお前を泳がせていた方が四魔を探すのに楽そうだってだけだ。それに今のお前じゃ逆立ちしたって俺に勝てないのはお前自身だって分かっているだろう?」


 その言葉が事実であるため、ジンは顔を歪める。確かにラグナの権能を使えば勝てるかもしれないが、その先がない。彼を倒せば一国を相手にする事になる。それだけの力をジンは持っていないのだ。


「………」


 だから彼は口を閉ざす事にした。2人の間に暫しの沈黙が流れる。やがて諦めた様にイースが溜息をついた。


「だんまりか。無理矢理聞いてもいいが、それにはあまりメリットがなさそうだな。まあ、いい。そっちは単純な興味からだ。答えぬならもう用はない。行っていいぞ」


 ジンは頷くと部屋から出て行こうとして、立ち止まる。


「なあ、王様」


「なんだ?」


「俺たちとあんた達とで連絡役は必要だよな……」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「とりあえず、今日付でシオン、お前はこの作戦の成功の為の連絡員として、あるグループに同伴してもらう」


 ジンと離れ離れになってしまう事に浮かない顔をして、如何に騎士団から抜け出そうかと彼女が部屋で考えていると、アレキウスが直接彼女の下に訪れてきてその様な事を告げた。


「は? どういう事ですか?」


 作戦に参加するのはテレサ達を守る為なので構わないが、使徒である彼女が連絡員として扱われるなど、前代未聞である。怪訝そうな顔を浮かべるシオンにアレキウスは笑って、作戦資料を渡した。


「あんまり羽目外しすぎんなよ」


 そう言うと、彼はシオンの部屋から出て行った。


「まさか……」


 アレキウスのからかう様な笑みと言葉に、唾を飲み込んで、資料に目を通した彼女は、思わず喜んで叫び声をあげた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「さてと、それじゃあ、出発しますか」


 2日後、ジン達は装備を整えて、街の門の前に来ていた。レトによる破壊で街は半壊しているが、なんとか機能をしている。彼らは後ろ髪を引かれながらも、出発する事にしたのだった。


「シオンちゃん、この前はからかってごめん! それから、よろしくね!」


「う、うん。僕こそ」


「うわぁ、僕っ子だ! 初めて見た!」


 ミコトの無神経な発言に顔を赤らめるも、楽しそうな所を見ると、相性は悪くなさそうだ。そう言えば、彼女はどことなくマルシェと似た所があるとジンは思い出した。それならばシオンも仲良くなりやすいのだろうと考えていると、ゴウテンが肩を組んできた。今までにないくらいの満面の笑みだった。


「いやぁ、お前にも恋人が出来たか。これでもうミコト様には色目を使わないよな!」


「いや、使った事ねえよ」


 うんざりしつつも、全ての確認を終えて用意されていた馬に乗る。


「俺たちは先にオリジンに戻る。お前達は他の街や村で情報を集めつつ、適宜報告しろ。こっちからも、何かあったら連絡するから」


 わざわざ見送りにきたアレキウスに首肯すると、ジン達は情報収集の為に街を出て行った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「なんという事だ!」


 連絡が途絶えた為、気になって調べた結果、彼は絶望の淵に立たされていた。


「ナギが、ナギが死んだだと!? 馬鹿な、有り得ない!」


 思いつく限りの罵詈雑言を吐きながら、周囲にいた人形や、この後実験に使用する予定だった人間達を可能な限り残虐な方法で殺す。施設中が血の匂いで充満した頃、疲れ果てた彼は力なく腰を落とした。


「こうなれば、計画を早めなければならない」


 本来ならば確実に成功させる為に、後半年は時間をかけたい所だった。しかしそうも言っていられない。最高作品にして、実験材料である彼女を失った為に、遅くても彼女の血液を新鮮に保管できる限界である3ヶ月以内に実行しなければならない。


「ジン・アカツキ!」


 ありったけの怒りを込めて、最高作品にして愛する女性を殺した男の名を叫んだ。

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