第132話結成

「何を言っておるんですか姫様!」


「そうですよ! 幾ら何でも急すぎますよ!」


「それにこんな何処の馬の骨とも分からない小僧を我々の仲間にするなど、何かあったらどうするのですか!」


「そうですそうです。姫様に何かあったらお師匠様も俺もお館様に殺されてしまいますよ!」


 ミーシャに向けて喚き立てる2人に、彼女は何も言わずに、ただにこりと笑った。それを見て老人もクロウも諦めるしかなかった。小さい頃から面倒を見てきた彼女は、一度決めたことはよっぽどのことがない限り、変えることはない。その上、笑顔まで浮かべているということはもはや聞く耳持たないということだろう。


「はあああ、わかりました。それで、なぜこの小僧を仲間にしようと?」


 その老人の質問に、ミーシャは自信満々に答えた。


「『勘』よ!」


「「……………」」


 呆然とした表情をお付きの2人が浮かべ、次第に老人が顔を真っ赤にして吠えた。


「いい加減にしろ、この馬鹿姫が!!」


「あっ! 馬鹿って言った! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだよ!」


「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い! どうしていつもいつも姫様はそう馬鹿なのですか!」


「また言った!」


「ええ、いくらでも言いましょう。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!」


「じいの方がもっと馬鹿でしょ! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!」


「姫様、これは姫様が悪いですよ。いい加減、そこら辺の冒険者を『勘』でパーティーに誘うのはやめてください。毎度問題を収拾させられる俺たちの身にもなってくださいよ」


 クロウの言葉は老人と程度の低い舌戦を繰り広げるミーシャには届かない。それが分かり、クロウはこめかみを押さえて深いため息をついた。


「あの〜、そもそも俺、まだミーシャの申し出を受け入れたわけではないんだけど」


 舌戦は繰り広げつつもジンに意識は向けていたらしい。鋭い目で老人はジンを睨みつけてくる。


「お主、姫様の申し出を断るだと?」


 先ほどまでの荒い声ではなく空気を何度か下げるような冷たい声を発する。その凄みに少々怯みつつも、ジンははっきり言った。


「断るも何も、俺まだあんたらのパーティーのランクと人数以外何も教えられてないんだよ」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「先ほどは失礼した。改めて、わしの名はハンゾー、そしてこっちが……」


「クロウだ。よろしく」


 ようやく『じい』の名がわかった。どうやらハンゾーというらしい。


「して、お主の名は?」


「ジンだ」


「ふむ、ジンか。お主にはうちの馬鹿姫が迷惑をかけた。姫様に代わって謝罪させていただく」


 礼儀正しく頭を下げるハンゾーに追従するようにクロウも頭を下げた。ミーシャは未だ腹を立てているのか席にはついているもののテーブルに右肘を乗せ、右拳を頬につけてそっぽを向いている。


「それで、姫様がお主に依頼したことだが、受けてはいただけないだろうか」


「さっきと言っていることが違うな」


「図々しいことは承知しているが、ミーシャ様はこうと決めたら決して曲げてはくれないのだ。わしらと組んでくれたら報酬も半々にしても良い」


 確かに先ほどの様子を見るとその通りなのだろう。それに任務報酬を半分貰えるというのはジンにとって非常に魅力的な申し出だ。


「それに身なりから察するに、お主には金銭が必要なのであろう? わしらと組んでくれれば、最低限の装備も保障しよう」


 これまた魅力的な話だ。だがそのせいで余計に怪しさが増してくる。


「確かにCランクの任務を受けられるようになるのも、装備の保障をしてくれるのもありがたいけど、なんでそこまでしてくれるんだ? 幾ら何でも収支が合わないだろ」


「それはお館様から姫様の望みに絶対従うことを俺たちは厳命されているからなんだ」


 クロウが口を挟む。


「こりゃクロウ、余計なことを言うんでない」


「あ、すいませんお師匠様!」


 何やら色々と裏のある話のようだ。あまり関わり合いにならない方がいいかもしれない。


「どうだろうか、受け入れてもらえんか?」


 ジンは考える。少女は偽名を使い、姫様と呼ばれ、2人のお付きの者を引き連れている。しかもどちらもかなりの強者だ。また、少女の性格には少々難があり、それなのにハンゾーもクロウも絶対に服従しなければならないのだと言う。巻き込まれることは必至だ。その上、先ほど何度も似たような理由で冒険者を雇ったというようなことを言っていた。おそらく何らかの問題をミーシャが起こして、彼らにパーティーを抜けられたようだ。


 どう考えても、申し出を受け入れるべきではない。しかし、彼は今、金を稼ぐことが急務である。こんな好条件を受けなければ、確実にエイジエンに行くために必要な路銀を稼ぐのに時間がかかり過ぎる。しばしの逡巡の後、ジンは結論を出した。


「わかった、その条件でならパーティーに入るよ」


 その言葉にハンゾーとクロウが安堵の息を漏らした。


「ほんと!? やった、ありがとうジン!!」


 バッと身を乗り出してジンの手掴むとブンブンと縦に振った。


「こらこら姫様はしたないですぞ」


「えへへ、まあいいじゃん。あ、でもでも組む前に一つだけ、あたしには超イケメンで金持ちの彼氏がいるから勘違いしない様にねっ」


 ジンは思わずミーシャの言葉にイラっとする。ハンゾーとクロウも深いため息をついた。


「ミーシャ様、本当に頼みますから、あのお方をそのように表現しないでください」


「えー、でも嘘ではないでしょ。あいつ、顔もいいし、金持ちじゃん」


「姫様、さすがにお師匠様の言う通りですよ。今のお言葉をあの方がお聞きになったら、多分泣きますよ」


「あー、確かに。じゃあ訂正、あたしには見目麗しく、資産家の殿方がいるので、勘違いはしないように」


「……姫様、何も変わっておりませんぞ」


「えー」


 不満そうに頬をぷくりと膨らませるミーシャに、ジンははっきりと断言した。


「そもそも、勘違いなんかしねえよ」


 その言葉にミーシャは一層不満そうな顔を浮かべた。


「むっ、なんかそこまで断言されると傷つくんですけど」


「めんどくさい女だな、じゃあなんて言えばいいんだよ」


 ああ言えばこう言う、という彼女の反応に、すでに話を受けたことを後悔し始めた。


「そこは『そんな、この世の天女であらせられるミーシャ様に懸想することができないなんて! こんな人生になんの意味がありましょうか、いや、ない!』ぐらいは言って欲しい」


「言うわけねえだろ!」


 そんなやりとりにもう何度目になるか分からない深いため息が、ハンゾーとクロウの口から漏れ出た。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「それで、具体的な話なんだけどあんたらのこともう少し教えてくれないか?せめてどんなことが得意とか、パーティーでの役割とか、あとそもそもパーティーの名前とか」


「そうだな。わしらは『カンナヅキ』と言う。武器を見て分かるかも知れんが、このクロウが前衛を、わしが前衛または中衛を、そして姫様が後衛をしておる」


 武器を見ても、どうしてもハンゾーの持つ剣では中距離からの攻撃は出来ない気がするが、おそらく何かしらの手段を持っているのだろう。


「それじゃあ、あんたらの関係について聞いてもいいか?」


「先ほどの様子を見ていれば分かると思うが、この姫様はさる高貴な御方のご息女でな、わしらはその護衛ということだ」


「じゃあ、なんでそんなに偉い奴が普通に冒険者やってるんだ?」


「それはねー、お父様と喧嘩しちゃって家から飛び出したんだけど、せっかくなら全力で行けるところまで行ってみようかなぁ、って思ってたらいつの間にかこうなってた、あはっ」


 ケラケラと笑いながら言うミーシャを見てハンゾーの額に青筋が浮かび上がった。


「笑い話ではありませんぞ! よもや国まで出ていくとは! 常識知らずもいい加減にして下され!」


「まあまあ、お師匠様、落ち着いて下さい。そんな感じで、俺たちが追いついたはいいんですけど、姫様が路銀を使い切りましてね。それで故郷に戻るための金策に、冒険者になったのですよ」


 とんでもない理由にジンも頭が痛くなってきた。


「それでそちらはどんな理由で冒険者に?」


 後ろで舌戦を繰り広げ始めたミーシャとハンゾーを無視してクロウが話を進める。


「同じく金のためかな。実は情けない話だけど財布を掏られてね。俺もこれ以上旅を続けられなくなったんだよ」


「ほお、それは災難だったね。まあせっかくだし、旅は道連れということで一緒に頑張ろう。ちなみにどこに行く予定だったんだ?」


「東の方に用事がね。そっちは?」


「それは偶然! 俺たちも大陸の東の方まで行くつもりなんだよ」


 奇妙な偶然にジンは不思議に思う。


「どうやらしばらく一緒になりそうだ。これからよろしくな」


「ああ、よろしく」


 差し伸べてきた手をジンは硬く掴んだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「それで『勘』とのことでしたが、彼がそうだと?」


 ジンと別れてから、ミーシャたちは借りている宿屋の一室に集まっていた。


「うん、絶対ね!」


「でもミコト様の『勘』は外れることが多いではないですか。また今回もこの前の男と同じでハズレなのでは?」


「もー、少しは巫女であるあたしの発言を信じなさいよね。今度は今までと違って、こうビビビッてきたのよ。それにほら、肖像画の叔母様と少し似てなかった? 年の頃だってそれぐらいじゃない? あと名前だって、あたしたちの国の名前っぽかったし」


「それは……そうかも知れませんが」


 ハンゾーは記憶の中にある美しい少女を思い出す。次いでに、今尚殺したいほどのあの男の顔も。自分が忠義を捧げた少女を攫って行った男だ。駆け落ちしたということは分かっているのだが、どうしても許せない。だが確かにどことなく似ている気がしなくもない。


「いや、やはりあのお方と、あのクソ野郎のご子息様ではないとわしは思います。あの髪色はどちらにも似ておりませぬ。あのお方の髪色は銀に近く、あのクソ男は黒に近かった。しかしあの小僧の髪は赤茶色だ」


「んー、そうかなぁ?似てると思うんだけどなぁ、染めたとかじゃないの?」


「いや、瞳の色すら違いましたから」


「まあいいじゃないですか。あいつも俺たちと同じで東まで行くつもりらしいから、しばらく一緒に居られるみたいなんで、おいおい調べていくって感じで」


「そうよそうよ、これからじっくり調べればいいのよ! ところでそろそろお腹空かない?」


 先ほどの勢いとは打って変わって、恥ずかしそうな顔を浮かべながら、ミーシャ、ミコトはお腹を押さえた。


「先ほど何人前も食べたではないですか!」


「うるさいわね〜、空いたんだから仕方ないじゃない!」


 ギャアギャアと喧嘩を始めたミコトとハンゾーを眺めながらクロウは財布の紐を解いて中を覗く。いくら任務をこなしても、一向にたまらない路銀に、彼の頭は痛み始めていた。

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