第131話パーティー
「ねえ、ちょっといい?」
食事の最中に、フードを目深にかぶった人物が唐突に話しかけてきた。口に入ったものを飲み込みつつ頷くと、その人物はどさりと乱暴にジンの向かいの席に座った。身長は160センチほどか。体格はフードつきのマントの上からでは分かりにくいが、まあまあ華奢な感じだ。胸元が膨らんでいる感じから、恐らくは女性だろう。
「あのね、頼みがあるんだけど。あんたあたしのパーティーに入らない?」
唐突な申し出にジンは思わず目を丸くさせる。
「なんで急に俺を誘うんだ?」
「べっつに〜、たださっきの見てちょっと面白いやつだなーって思ってさ」
「そんな理由かよ!?」
「ええ、それでどうする?組む?組まない?」
「ちょっと待ってくれよ。幾ら何でもあんたが何者か知らないのに、そんなすぐに答えなんかだせねえよ! それに俺はあんたの顔すらわかってねえんだぞ」
その言葉を聞いて今度は相手が驚いたような雰囲気を醸し出した。
「ああ、そっかそっか。こういう時顔みせないといけないんだっけ?」
そう言うとその人物はフードを脱いで顔を見せた。案の定、声や容姿から少女ではないかと予測していた通りだった。おまけにとんでもない美少女だ。シオンのように凛とした美しさでも、テレサのようにほんわかした可愛らしさでもない、活発な感じの美少女である。絹のような金色の髪が彼女の明るさを示しているようだ。どことなく育ちの良さを匂わせる節がある。ニコニコと笑顔を浮かべながら手を差し出してきた。
「あたしはミコッ、ミーシャよ!」
ただし自分の名前を言い間違えたので、胡散臭さが半端ない。訝しげな顔をジンが浮かべていると、ミーシャと名乗った少女は困ったような顔を浮かべて頰を人差し指で少し掻いた。
「えっと、あたしなんか間違えた?」
「いや、俺はジンだ。よろしく」
「よろしく!」
ジンもとりあえず手を差し出すと、パアッと顔を明るくさせてジンの手を両手で掴んでブンブンと縦に振った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「それで、なんで急に俺をパーティーに誘ったんだ。他にもいるだろ? 俺なんてさっき冒険者になったばっかだぞ」
ジンが質問すると、ミーシャはキョトンとした顔を浮かべる。
「え? さっき言ったじゃん、面白そうなやつだからって」
どうやら先ほどの発言は本気だったようだ。
「それに別に冒険者になったばっかとか大して関係ないよ。さっきあんたに絡んでたやつDランクの冒険者だよ。ってことは、少なくともあんたはDランクの冒険者ってことでしょ。あたし達…あたしのパーティー、前衛をちょうど増やしたいと思ってたの」
「な…るほど? それならいくつか聞きたいんだけど、まずあんたのパーティーのランクは幾つなんだ?」
「あたしたち? Cランクだよ」
突然の申し出とはいえCランクの任務を受けられるとなると、話としては非常に旨味がある。先ほどチラリと様々なクエストが書かれたボードをのぞいてきたが、Fランクで受けられるのは、せいぜい薬草採集と、雑魚と断言できるほどの獣の駆除などなど、非常に難易度の低いものばかりだ。その上、後者に至ってはパーティーを組まないと受けることすら出来ないのに、報酬は微々たるものだった。今後の路銀を稼ぐのに一体どれほどの時間がかかるのだろうか。
一方、Cランクのクエストはというと、魔獣の退治がメインではあるものの、その対象は幅広く、報酬が高めのものを選べば1〜2ヶ月でかなりの金額を稼げるはずだ。
「というかお前が勝手に決めても大丈夫なのか?」
「うん。ゴネるかもだけど、あたしが言えば大丈夫だよ。文句言ってきても聞く気ないしね」
邪気のない笑みを浮かべてとんでもないことをミーシャは言う。
「……それじゃあ、パーティーの構成と他のメンバーは?」
「ああ、うん。前衛が1人に後衛があたし。それで中衛が1人。この前前衛だった人が辞めちゃったんでちょうど新しいメンバーが欲しかったの」
「へぇ、それじゃあ他の2人は今どこに?」
その質問にミーシャはしょうがないとばかりに大きくため息をついた。
「それがあいつら迷子になったみたいで、買い物していたらいつの間にかいなくなっちゃったのよ。全く、いい歳して何してんのかしら」
それはミーシャの方が迷子になったのではないかと言う言葉をなんとかこらえた。するとバンッという音が入り口の方から聞こえてきた。ジンとミーシャがそちらの方に顔を向けると、60歳ぐらいの老人と30半ばぐらいの大柄な男が息を荒くしながら立っていた。
老人は右目に黒い眼帯をつけており、その下には大きな切り傷があった。腰にはこの辺りでは見ない細長い剣を携えている。身長は160センチより少し大きい程度だが、一目で鍛え抜かれた肉体であることがわかる。大男の方はジンより頭一つ分は上だろうか。背中には大きな盾を所持し、同じく巨大なハルバードを杖のように地面につけていた。彼らは焦ったような顔を浮かべながら、中を見渡して、ジンとミーシャに目を向けた。正確にはミーシャに。
「姫様!」
「あー、じいにクロウ! もー、2人とも勝手にどこ行っちゃってたのよ」
迷子になっていたという自覚のない彼女は2人を非難する。それに大きなため息をついた2人はジンとミーシャの元へと向かってきた。
「心配しましたぞ姫様。お願いですから勝手に居なくならんでください! 姫様に何かあったら、お館様になんと申し上げればよいのですか!」
汗を額から流しながら物凄い剣幕で声を荒げる老人の様子から、かなり長い時間探したのだということを伺わせる。ミーシャはその小言をうるさいとばかりに耳を塞いで目を閉じた。
「あー、あー、聞こえない」
そんな様子を見て一層怒ったのか老人はミーシャを叱る語気がどんどん強くなっていった。
「ま、まあまあお師匠様、そんなに怒らずに。姫様も悪気はなかったはずですし」
困ったような笑みを浮かべながら、クロウと呼ばれた大男はどうどうと老人を宥めようとする。その言葉は聞いていたのか、ミーシャはパッと立ち上がるとクロウの後ろに駆け寄って、じいと呼ばれた老人に向かってベェーと言いながら舌を出した。
「姫様! そのようなことをしてはいけないといつも!」
それを見て老人が注意しようとすると、
「あんまりうるさいじいなんて嫌いよ」
と、ミーシャは言った。その言葉に老人は驚愕の表情を浮かべ、次いで何もかもが終わったかのような絶望の色を顔一面に見せた。
「き、嫌い?」
「そう、嫌いよ、じいなんて大っ嫌い!」
それを聞いて老人は膝から力が抜けて、床に両手をついた。
「そ、そんな、わしは何も間違ったことは言っていないのに。小さい頃はあんなに、じい、じいと言って可愛らしくちょこちょことわしの後を付いてきた姫様が、わしのことを嫌い……」
そんな様子を見たクロウが慌ててミーシャを注意する。だがミーシャは腕を組んでふんっと言ってそっぽを向いた。
「姫様、あんまりお師匠様をいじめんでください。お師匠様はあなた様をそれはそれは心配しておったんです」
「……はあ、仕方ないわね。じい、今の嘘だから。さっさと起き上がってちょうだい」
老人は涙に潤んだ顔を恐る恐る上げてミーシャをじっと見つめた。
「そ、それでは姫様はわしのことは嫌いではないと? むしろ大好きだと?」
そんなことまでは言っていないのだが、いちいち訂正するのも面倒臭いのか、ミーシャは適当に返事をした。
「はいはい、大好き大好き」
まさにパアッという音が聞こえてくるかのような笑みを満面に浮かべて、老人はスッと立ち上がった。その佇まいには先ほどまでの情けなさは、欠片一片存在していなかった。そしてようやくジンの存在に気づいたのか、目を向けてきた。
「ごほん、見苦しい所をお見せした。それで……お主は一体誰なのかな?」
丁寧な言葉の節々に敵意の感情が込められているのはジンの気のせいではないだろう。
「あ、そうそう、あたしこいつのこと、あたしたちのパーティーに入れることにしたから!」
その質問に答えたのはミーシャだった。
「「はあああああ!?」」
老人のみならず、クロウもあまりの驚きに顎が外れるのではないかと不安になる程大きく口を開けて叫んだ。
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