第133話初クエスト
「それじゃあ、早速クエストを選びましょ。あたしが選んでくるからちょっと待ってて」
ミーシャが立ち上がるが、側に控えていた2人が抑える。
「何よ?」
「姫様はいつもいつも不可能に近いものを選ぼうとするではないですか! 一体間違えを何度繰り返せば、まともな判断力を身につけてくれるのですか! ヒュドラの一件、忘れたとは言わせませぬぞ!」
「何よ、ちゃんと倒せたじゃない!」
「それは偶然! 他の! 冒険者チームが通りがかって手伝ってくれたからではないですか! 儂等だけでは死んでおりましたぞ!」
2人の言い合いを見ながらジンはクロウに尋ねた。
「ヒュドラの一件って?」
「ああ、姫様が俺とお師匠様が見ていない隙に、勝手にヒュドラの討伐クエストを持ってきてな。まあ当然ながら、たった4人じゃ死にかけるだろ? そんでそれが原因で組んでいた1人は抜けたんだ」
その上、任務を手伝ってくれた者達に対しての報酬でかなりの金額を持って行かれたそうだ。まさに踏んだり蹴ったりである。
「……ミーシャって頭おかしいんじゃないか?」
「はあ、そう言ってくれるな。あれでも俺たちの大事な姫様なんだ」
「……大変だな」
「まったくだ。っと、そろそろ止めに入らないと」
クロウはだるそうな体を動かして、取っ組み合いをしている2人に近づき、その間に割って入って仲裁を始めた。名前通り、苦労の絶えない様子の彼をジンは少々哀れに思った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ごほん、えー、それではわしらの最初の任務はオーガの討伐ということで良いな」
顔中に引っかき傷が走ったハンゾーは言葉を続ける。ミーシャやクロウも何も言わないことから、どうやらこのような喧嘩は日常茶飯事のようだ。ミーシャには怪我がないので、おそらく一方的にやられたのだろう。
「話によると、ここから少し離れた村の近くでが5体ほど確認されたそうだ。儂等はそれを倒す」
ジンとクロウは神妙な顔になって頷く。ジンからすれば、オーガなど怯えるほどの魔獣ではない。しかしパーティーでの戦闘経験が乏しいため不測の事態が起こる可能性は捨てきれない。だからこそ油断は禁物であると自分に言い聞かせた。
「オーガなんて雑魚中の雑魚じゃない。なんであたし達がそんなに相手にしなきゃなんないのよ」
空気を読まないのはミーシャただ一人だ。確かにオーガは一匹ならばDランクのパーティでも容易だろう。Cランクならば人数が少ないとはいえ複数体など大した数ではない。
「姫様、これはあくまでこの小僧の実力を測るための試金石です。あんまりいきなり強いもんに挑戦して何かあったらどうしますか?」
「そん……」
「まあ妥当な判断だな」
ハンゾーの言葉にミーシャが反応する前に、ジンが頷いた。それを見て不満な顔を浮かべながらもミーシャは受け入れた。
「それで、いつから行くんだ?」
「行けるならいつでも良いわよ」
ミーシャの言葉にハンゾーとクロウは頷く。
「それじゃあ早速行こうか」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「一匹そっちに行ったぞ!」
「よし」
ジンの声に応えたハンゾーは、一瞬にしてゴブリンを細切れにした。
「いくわよ!」
さらにその後方からはミーシャの援護が飛び、ジンの眼前のゴブリン達がどんどん燃やされていく。クロウとジンは目の前にいるゴブリン達の気を引きつけようと、攻撃を繰り広げた。
現在彼らは村に向かう道中だ。ミーシャのわがままで近道のために森の中を歩いていたら、突如としてゴブリンの群れが飛びかかってきたのだ。その数ざっと見て50はくだらない。だがジン達はそれほど苦戦はしていなかった。流石にCランクの冒険者チームというのは伊達ではなく、彼らの連携は、普段の様子は見る影もなく、完成しているそれだった。ミーシャはジンが攻撃に集中しやすいように絶妙なタイミングで援護射撃し、クロウはその恵まれた体格と長大なハルバードを木々に邪魔されることなく、器用に用いて広範囲の敵の注意を引き付けている。そして何よりもハンゾーだ。
「ふっ」
短い呼気とともに、瞬く間にゴブリンをバラバラにする。それも一体ではなく、何体も同時に。その腕の振りをジンははっきりと見ることができない。ジンの知っている達人達の域を遥かに超えていると言っていいだろう。気づけばその所作に見とれていた。もちろん、だからと言って目の前の敵から意識を逸らす様な愚かなことはしないが。その数に反して、ものの数分でゴブリン達は全滅していた。
「それにしても急でびっくりしたわ」
「だから姫様、何度も森の中を通るのは止めましょうと言ったではないですか!」
「いいじゃない! だってこっちの方が早く着くんだもん! それにオーガだって森の方から来るんでしょ、それなら森の中を動いた方が遭遇する確率が高くなって一石二鳥でしょ!」
「想定外の事態を考えてください! 今回はゴブリンでしたが、もっと厄介な魔獣が来たらどうするつもりですか! 見通しの悪い森の中で戦闘する技術を姫様はもっておらんではありませぬか!」
「それならじいが何とかしてよ!」
「ふざけるなよこのポンコツ姫が!」
「あ、ポンコツって言った! ポンコツって言った方がポンコツなんだよ!」
「うるさいこのポンコツポンコツポンコツポンコツ!」
「ポンコツポンコツポンコツポンコツポンコツ!」
幼稚な言い争いを放置してクロウは無言でせっせとゴブリンの討伐を証明するための部位を回収する。ジンも彼を見習ってゴブリンから右耳を切り離す。殺すのには何ら躊躇いはないのだが、この様に死体からわざわざ切り離すという行為に、何となく忌避感を感じるから不思議だ。
「さてと、これで終わりだな」
クロウの言う通り辺り一面に転がっていたゴブリンの死骸から全て討伐部位を回収した。そこでようやく彼らの方に目を向けると、二人はどうやら喧嘩をし終えたらしい。荒い息を吐きながら、互いに距離をとって睨み合っている。相変わらずハンゾーの方がボロボロでミーシャの方は傷一つない。
「それにしても、お前なかなかやるじゃねえか」
「クロウもな、それにさすがはCランクって感じの連携だったよ」
「ははは、そりゃ光栄だな」
「でも何でCなんだ? 正直あんたも爺さんも、ミーシャも単体ならもっと上のランクだと思ったんだけど。少なくともあの爺さんはAランクじゃないのか?」
「ああ、確かにお師匠様はAランクだし、俺も姫様もB相当だと思うんだけどなぁ。実力に反して任務の失敗率も高いんだよ」
クロウ曰く、彼らはジンと会う少し前までBランクの冒険者チームだったらしい。だが問題が一つ。ミーシャの選んでくるクエストがことごとく難易度が高いものばかりだったのだ。初めのうちはクロウもハンゾーも仕方なく、ミーシャに従っていたが、やがて限界がきた。そのため今では彼女の機嫌を損なわない様に最大限注意しながらもクエストを選ぶ様になったのだと言う。
ギルド側も彼らの扱いには困っているらしく、実力を発揮すれば、あの街でもトップクラスの冒険者チームなのだが、その場面が殆どないためランクアップとダウンを繰り返しているのだそうだ。何せCランクにおいておくと、本来Bランクチームなら受けられるはずの、一つ上のAランクのクエストを彼らが受けられなくなるのだ。それはあまりにももったいないとギルド側も判断していたのだった。
「まあそんなわけで、俺たちのチームはイロモノ扱いされてな。メンバーを集めるのも一苦労なんだ」
「なるほど。……本当に大変だな」
「まったくだ」
クロウは力なく笑った。
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「それにしても爺さん、すごかったな」
「でしょでしょ! じいはうちの国で『剣聖』って呼ばれてたんだからね」
「『剣聖』?」
興奮するミーシャからハンゾーの方に目を向けると、彼は少し恥ずかしそうに頬を掻いていた。
「なに、昔の話だ。今じゃ単なる姫様の護衛のジジイだよ」
「何いい歳して謙遜してるのよ」
「いい歳だから謙遜しておるのです」
「ふうん、まあいいわ。あたしの国は四年に一度、国中の猛者を集めた大会があるの。それで、じいは何年だっけ……」
ミーシャが思い出す様に指を折って数を数える。
「………28年」
ポツリとハンゾーが呟いた。その言葉に、うんうんと頭を捻っていたミーシャはパッと明るい顔を浮かべた。
「ああ、そう、そうだった。28年だ。……じい何か言った?」
「いや何も」
「……まあいいわ。とにかく、じいは大会出場をやめるまでずっと優勝し続けていたの。それでクロウの方はじいの一番弟子で、大会優勝を一番に期待されていたんだけど……」
そこでミーシャの言葉をクロウが引き継いだ。
「まあ、俺は大会に出るよりもお師匠様に教わる方が楽しいからな」
「こんなこと言って、じいと一緒に大会に出るのを辞めちゃったのよ。本当に自己顕示欲がないわよね。その部分は少しじいを見習いなさいよ」
「儂には自己顕示欲などありませぬぞ!」
「まあ、確かにそうかもしれませんが、それでもやっぱり俺はこんな風にお師匠様に付いて見聞を広める方が好きなんですよ」
ジンは彼らの話を聞いて何となく、この3人の性格がつかめてきた様な気がした。
「それよりも、やっぱり私の目に狂いはなかったわね!」
ミーシャがジンの方を向いてくる。
「確かに、その若さにしてはなかなかやるではないか。身のこなし、周囲への気配の配り方、相手の隙をついての攻撃、そして咄嗟の判断。どれもクロウがお主ぐらいの頃の時よりも遥かに上だな」
「ははは、確かにお師匠様の言う通りですね」
素直な褒め言葉に、ジンは少し気恥ずかしさを感じた。
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