第128話エピローグ2
救護院の入り口には多くの騎士たちが倒れていた。少なくとも10人はいる。ただ一人だけ立っている者に目を向ける。暗い上に顔をフードで隠しているため、その正体はわからない。
「どこかに行くのかね?」
明らかに作られた声だ。不気味さが増す。最大限の警戒をするが、今の状態ではまともに闘う事は出来ない。その上全く戦闘の跡すら残さず、10人もの騎士を倒しているのだ。その実力は計り知れない。
「誰だあんた? それにそいつらは?」
答えるとは思わなかったがとりあえず聞いてみると予想外にも素直に答えてきた。
「君の協力者だよ。それと彼らは君の見張りだ」
「協力者?そ れに俺の見張り?」
「そうだ。私はラグナの使徒ではないがね。彼らは君が『龍魔』と深く関わっている可能性があるからと配備されたんだ」
「なに?」
この街に協力者が潜んでいるとは聞いていたが、今まで全く接触してこなかった相手だ。訝しんで相手を睨みつける。
「そう睨まないでほしいな。君に会いに来なかったのは、ただ時期ではなかっただけだ」
「それならなんで今来たんだ?」
「君がこの街を離れようとしているからだ」
「なぜそれを!?」
目が覚めたのは数時間前だ。そしてその時にここを離れることに決めたのだ。誰にもこの事は話していないし、そもそもシオン以外の誰にも会っていない。
「それは本題とは関係ないが、まあ私の能力だと思ってくれ」
腑に落ちないがそれ以上話しをするつもりはないようだ。
「じゃあなんの用だ?」
イライラしながら尋ねる。
「なに、君にこれからどこに行くべきかを教えようと思ってね」
「どういう事だ?」
「君は自分が龍魔に使った力を覚えているか?」
「いや」
最後の方の記憶が一切ないため、一体どんな事があったのか知らない。ただなんとなく万能感に包まれたような気がする。
「君はその力を用いてレヴィを追い詰めたのだ。そしてそれこそがラグナから与えられた、君の本当の力だ」
「本当の力……」
「そう。その力の名は『強化』。あらゆる力を強化する能力だ」
「『強化』? でもそれって無神術のものと何が違うんだ?」
「無神術はあくまで自分の肉体を強化するのみだ。だがこの力はまさにあらゆる力を強化する能力だ。それは肉体も、術も、自分が身に付けている物にさえも影響する」
そんな力があるならあまりにも破格だ。とてもではないがジンには信じられない。
「だがもちろん弊害もあるだろう。強大な力はそれに付随して君の体を蝕むだろう。だからこそ君はこの力を全て理解しなければならない。実際にその右腕はまともに動かないのだろう?」
「これは剣の影響じゃないのか?」
「もちろんそれもあるだろう。だがそれだけではない。最も大きな原因は君の本当の力を不完全な状態で使用した反動だ」
「それじゃあこの腕は治るのか?」
「おそらくある程度動くところまではね」
「でもなんでそんなことを知っているんだ?」
「それもまあ私の能力だとだけ言っておこう」
「能力か、都合のいい言葉だな」
「そう言わないでくれ。こちらにも色々と都合があるのだよ」
「わかったよ。それで、俺はどうすればいいんだ?」
「君は君のルーツを知っているかね?」
「いや、それが何か問題でもあるのか?」
「君の力を制御するには、それを知る事が必要、いや正確には君の両親が生まれた国に行かなければならない。そしてそこである人物に会わなければならない」
「ある人物?」
「残念ながらこれ以上、私は君に何か言う事はできない」
どうやら話す気は無いらしい。仕方なくジンは別の質問をする事にした。
「それじゃあ、俺はどこに行けばいいんだ?」
「東だ」
「東?」
「そうだ。この大陸からさらに海を渡り、エイジエンに向かえ。そこに君の力についての全てを知り、導いてくれる者がいる」
「エイジエン?」
エイジエンとはこのキール神聖王国があるアルケニア大陸と海を隔てた先にある島国だ。年中荒れた海に囲われ、国交はおろか、島にたどり着くことさえ不可能に近い。多くの者が挑戦し、死んできた。この国を出て、馬などを乗り継いでも半年以上かかるはずだ。
「そうだ。死ぬ可能性は非常に高い。それでもやるかね?」
「ははっ、確かにな。だけど俺に選択肢なんかねえよ」
今のジンには友を、愛する人を守り抜く力はない。だからこそ強くならなければならない。今、目の前に微かな道が示されたのだ。どうなるか分からないし、目の前にいる人間は見るからに胡散臭いが、ジンは信じるしかない。
「そうか。ならば選別だ。この金を持っていけ。それと、その剣は置いていけ」
男はジンに金の入った袋を投げ渡すと、腰に差した『黒龍爪』を指差した。
「なんで?」
「わかっているだろう? その力は確かに強力だ。だがリスクが大きすぎる上に、お前がこれから身に着ける力の弊害になる」
あらゆる力が『強化』されるという事は、黒龍爪が持つ呪いの力も強化されるという事でもある。その上すでにかなりの魂を奪われている。これ以上呪いを解放すればいつ死ぬかも分からない。
「わかったよ」
ジンは頷くと男に二本の短剣を渡した。すると男は一体どこから取り出したのか、代わりの短剣をジンに渡してきた。
「それではジン・アカツキ、無事を祈る」
「ああ、じゃあな」
そうしてジンは歩き出す。痛む体に鞭を打ちながら、東門を抜け、新たな旅を始める。一度だけ街を振り返った彼の胸のうちには数々の思いが去来した。それを振り切り、また彼は歩き出した。謎の男の言う通り、エイジエンを目指して。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
翌日、ルースたちがジンのお見舞いに訪れると、部屋の主は不在だった。そして泣きじゃくるシオンから何があったかを知った。
「あんの馬鹿野郎が!」
そうは言うもののルースはなんとなくこうなる事がわかっていた気がする。きっと彼の知っているジンならそうするだろうと思っていたから。ただ何も出来なかった自分が情けなく、悔しかった。
テレサとマルシェ、そしてアルはシオンを慰め続けた。やがてシオンは泣き疲れて眠ってしまった。きっと起きたらまた泣くのだろう。だからこそジンがなぜいなくなったのかの理由がわかっていても、3人は彼の決断をどうしても受け入れる事は出来なかった。
「ねえルース、ジンくんはもう戻ってこないのかな?」
「そんな事、わかんねえよ」
「そっか、そうだよね」
「ああ」
「……」
マルシェとルースは彼に思いを馳せる。
「でも、でもよ。きっと戻ってくる。俺はそう信じてる」
「うん、そうだね。きっと……その時は思いっきりぶん殴ってあげないとね。シオンくんを泣かせて、私たちに黙って出て行ったことにはしっかりお仕置きする必要があるからね」
「ははは、全力でな。そん時までにあいつ以上に強くならねえとな」
「うん!」
ルースとマルシェは向かい合って笑った。
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シオンは目覚めると、今でも一年前のあの日のことを思い出しては泣きそうになる。初恋は悲恋に終わった。彼が今どうしているのか、彼女に知るすべはない。
「どこにいるのかな?」
ぼそりと呟いた彼女は一つ深呼吸をしてからベッドから起き上がり、ノロノロと着替え始める。鏡を覗き込むと髪もだいぶ長くなってきた。ふと窓の外を見る。雲一つ無い、真っ青な空が広がっていた。夏が近づいてきていた。
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