第105話シオンの予選最終試合2

 予選最終試合とはいえ、この試合も制限時間は20分である。この調子だと相手に全く攻撃できないまま、引き分け、判定に委ねることになる。試合経過を評価した場合、シオンの負けは確定だろう。だからこのジリ貧な状況を改善しなければならない。


 確かにシオンも飛ぼうと思えば飛べる。『風纏』はそこまで難しい術ではない。ある程度鍛えた風法術師ならば皆使うことができる。だがスルアほどの練度まで行くには、まだ彼女には時間が足りない。


 そんなスルアも騎士団の実力者の中では恐らく下位に位置するはずだ。彼女よりも巧みな騎士など掃いて捨てるほどいるだろう。シオンも天才だなんだと持て囃されてはいるが、それは単に光と闇以外の全ての法術を扱うことができるからであって、洗練された術師に至るにはまだまだ研鑽が必要だ。若者が老練の術師を破るなどよっぽどのことがない限り夢のまた夢だ。自分たちが経験している壁を彼らはすでに乗り越えているのだから。若さで勝てるほど、積み重ねられた知恵は甘くはない。それがたとえたった2年の差であったとしても同様だ。


 今までジンも、自分も勝てたのは相手が油断していたか、相性が良かっただけに過ぎないのだろう。かつてこの大会に優勝した時も、実際には決勝の相手が直前にあった魔物討伐で怪我をしていたというのが大きい。それ以外の試合も相手の油断をついた戦法が上手くハマったおかげでしかない。彼女は自分の実力を周囲から言われるほどに評価していないのだ。


 漠然と取り留めのないそんなことを解決策を考えると同時に思う。思考があらぬ方へと流れていることに気がついたシオンは、目の前の相手に集中しようと頭を軽く振って意識を改める。上空からまた風の弾が飛ばされてきた。


「ほらほらぁどうしたのぉ、そんなんじゃ判定負けになっちゃうわよぉ」


「ちっ!『岩槍』」


「『風円陣』」


 思わず舌打ちをして放った投げ遣りなその攻撃は、案の定彼女の纏う風に巻き込まれ、軌道を変えてシオンの元に戻ってきた。慌ててそれを回避することで事なきを得る。


「ちっ、全く本当に厄介ですね」


「女の子がぁ、舌打ちなんかしちゃダメよぉ」


 シオンは、スルアの語尾を伸ばした間抜けな話し方にもイラついてきた。そのせいで集中が途切れてしまい、飛んできた風の鞭を避けきることができなかった。


「かはっ!」


 腹部を貫く衝撃に顔を歪める彼女の耳にビリッという音が聞こえてきた。


「…あらまぁ大変、服がぁ」


「……へ?」


 スルアの言葉が理解できず、疑問に思う。


「シオン!胸!胸!」


「胸?……きゃああああああ!」


 場外からのテレサの声に、恐る恐る下を向くと上半身が下着までビリビリに破けており、ズボンもいい具合に下着が見えそうな感じで切り裂かれていた。危うく色々と見えそうである。胸に至っては見えている。艶やかな太腿に男子生徒が釘付けになった。恐らく『風鞭』に巻き取られたのだろう。普段は男っぽく見せてはいるが、さすがの彼女も肌は晒せない。思わずその場でしゃがみこむ。


「へぇ、シオンって胸にも下着付けてたんだな」


「ちょっ、ジンくん!」


「あ、やべっ」


 すでに試合が終わっていたのであろう。ジンの声がシオンの耳に届いてきた。鬼のような形相でそちらを睨むと焦ったようにそっぽを向いている彼の姿が目に飛び込んできた。


『後で、絶対に、殺す』


 シオンはそれを見て心の中で深く誓う。そんな彼女にスルアは心配そうな顔を浮かべてきた。


「ごめんなさぁい、大丈夫ぅ?一旦試合中断してもらうぅ?」


 喋り方はムカつくし、様子も不気味だがいい人のようだ。だがそもそも中断したいと言えばできるのだろうか。


「はぁぁぁぁ……大丈夫です。ありがとうございますスルア先輩」


 彼女は大きく溜息をついた。最初から答えは出ていた。ただそれをするのはあまりにスマートではないのと、力技であるため、研鑽をしてここまで強くなった先輩に対して失礼ではないかと思っていた。だがいかんせんこんな格好で何時迄もいたくないし、試合時間も残り少ない。それにダメージはまだそれほどないが、疲労が溜まってきたせいで回避しきれずに何発か喰らっている。このままいけば制限時間前に破綻する可能性も無きにしも非ずだ。


「そうぅ?あなたがぁそう言うならぁ、このまま続けるわよぉ」


 スルアは空中で突撃体制をとる。


「いえ、スルア先輩。私の勝ちです」


「どういうことぉ?」


 シオンの言葉に不思議そうな顔を浮かべた彼女に向かって右手を突き出し、左手で胸を隠したまま叫ぶ。


「『嵐炎龍』!」


 彼女の十八番の一つ、広域殲滅型法術だ。スルアに対しての必勝法は単純な高火力による熱攻撃だ。いくら風に包まれていようと熱までは防げない。


「きゃああああああああ」


 スルアの悲鳴が周囲に響く。誰もが同情したくなるほどの熱波が観客たちにまで吹き届いた。やがて意識を失った彼女が空から落ちてきた。それをシオンは巧みにキャッチして床に下ろした。


「勝者シオン・フィル・ルグレ!よって第9ブロック代表は1年Sクラス、シオン・フィル・ルグレに決定!」


 審判が言い切る前にシオンはリングからいそいそと降りる。これ以上自分の肌を周囲に晒したくない。


「シオンお疲れ様、ジンくんシャツ!」


「は、はい!」


 テレサの言葉にジンは急いで着ていたシャツを脱いでシオンに差し出した。汗臭いがこの際文句は言っていられない。匂いと湿気に顔をしかめながらシオンは我慢してそれを着た。


「ジンくんズボンも!」


「は、はいってそれはダメだろ!」


「いいから!」


 テレサの形相に怯えたジンは渋々ズボンも脱いでシオンに渡す。下着以外何も身につけてないと流石に夏でも冷える。ふと彼女を見ると、ジンのシャツの裾を必死になって引っ張って、下着が見えないようにしていた。


「……エロ」


 言ってはいけないと分かってはいたが思わず彼の口から言葉が零れ落ちた。その瞬間シオンの顔が真っ赤だった顔が、火でも出るのではないかと思えるほど一層赤くなった。涙目でジンを睨む。


「ジンくん!」


「ご、ごめんなさい」


 シオンは無言のまま人のズボンを受け取り、それを履くとようやく深呼吸した。


「いや、本当にお疲れ様だグフっ」


 腰の入ったシオンの拳がジンの鳩尾にめり込んだ。


「がはっ」


 前のめりになった彼の顎にシオンの拳が唸る。


「忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろぉぉぉぉぉ」


 たった二発で意識を失い、倒れた彼をシオンはガシガシと踏みつけ続けた。やがて気が済んだのかテレサの胸に飛び込むとグスグス泣き始めた。


「グスッ、もうやだぁ、こいつ嫌い……」


「よしよしいい子だから。本当にジンくんってば本当にデリカシーがないんだから……」


 下着以外何も身につけていないアホみたいな格好で気絶しているジンの横で、テレサはシオンが泣き止むまで頭を撫で続けた。

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