第104話シオンの予選最終試合1

「嘘だろ、グラン負けたのかよ」


「ああ、あいつまたエミリー嬢に気を取られたらしい。そんで隙だらけのところに……」


「またかよ!あいつあの子の前でなきゃ、脱ぎグセ除けば実力も、人望も完璧なのにな。まあ確かにエミリーさんは美人だけどさ」


「全くだ。それよりも今年はなかなか凄えことになってるな」


「一年のことか?確かにやべえな」


 対戦表の前で二人の男子生徒が話していた。彼らの視線の先にはベスト16を決める面々の名前が書き上げられている。片方の男子生徒の言う通り、今年は32人中一年生が10人もここまで勝ち進んでいる。そのうちなんと2人はEクラスだ。


「たまにあるらしいんだけどな。突然化け物みたいな奴らが同学年に集まるっていうのが」


「ふぅん。まあSクラスのシオンとかは当然残るとは思ってたけど、まさかEクラスから2人も勝ち上がるとはな」


「しかもそのうちの片方は男でグランを倒したやつだ。もう片方は女で闇法術を無詠唱で発動するらしいぜ」


「マジかよ、男の方はともかく女の方なんかEクラスの実力じゃねえだろそれ」


 二人の話は遠く離れた場所で休んでいたジンとシオン、応援にきたテレサにも聞こえてきた。


「うちのクラスの女ってことはアルのやつ勝ったんだな」


 手にはテレサが差し入れてくれたサンドウィッチをつまんでいる。


「なんとなくだけどあの子は勝ってるんじゃないかと思ってた。やる気ないだけで結構強いよねアルるんて」


「……お前もそう呼んでるのか?」


「え、なにが?」


「いや別になんでもない」


「それよりも二人ともさっさと食べちゃわないと。もうすぐ試合始まるんでしょ?二人とも次の相手が誰か知ってるの?」


「僕はスルアって先輩だったと思う」


「俺は確かナルキスって先輩だったはず」


「えぇ、二人ともあの人たちが相手なの?」


「テレサは知ってるのか?」


「ええ、二人とも私と同じ学年だし」


「じゃあ、スルア先輩ってどんな人なの?」


「スルアさんかぁ、一言で言えば『飛ぶ』ね。風法術と闘気を巧みに使って空中から攻撃してくる機動力に特化したスタイルで戦うタイプね」


「ふぅん、強いの?」


「まあここまで勝ち残るぐらいだし強いわよ」


「へへ、じゃあ楽しみだね!」


 シオンはパチンと拳を手のひらに打つける。先ほどの不完全燃焼がまだ尾を引いているのだろう。やる気は十分だ。


「ならナルキスって人はどんなやつなんだ?強いのか?」


「うぅん、ナルキス君はそうね、強いけど『うざい』人よ。自分が大好きでいつも上からものを言ってくるの」


「あ、そいつってもしかして前にテレサに付き合うように命令してきたやつ?」


「そうそうその人」


 どうやらかつてテレサに告白し、玉砕した有象無象の中の一人らしい。その時の告白の仕方があまりにも高圧的でしかも執拗であったため、シオンにではなくテレサ本人に制裁を加えられたらしい。


「だって『君に僕と付き合う権利を与えてあげる』よ?」


「うわぁ、そんなやつ本当にいるんだな」


「僕もテレサが先にひっぱたかなきゃ握り潰してたよ」


 思い出しただけでも苦々しい顔を浮かべている二人の様子から、よっぽど嫌だったのだろうことが推察された。


「っと、そろそろ時間だな。行こうぜシオン。テレサ、差し入れありがとう」


「うん、じゃあ行ってくるね」


「二人とも頑張ってね」


 小さな拳を作って二人にエールを送る。それを背にジンとシオンはそれぞれのリングへと走って行った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「あなたがシオン・フィル・ルグレねぇ。聞いてた通りなかなか可愛いじゃないぃ」


 シオンが今対峙しているスルアは変わった風体をしている。ショッキングピンクのボサボサな髪はわざわざ染めたものらしい。身長はシオンよりも大きく、そのくせ針金のように細い。服装をだらしなく着こなし、今にも胸元が見えそうだ。その上なぜかゆらゆらと揺れており、目が据わっている。その目元は数日は寝ていないのではないかというほどに深い隈で覆われており、疲れた様子がありありと伺える。


「あの、大丈夫ですか?」


 思わず心配になってくる。こんな状態でまともに戦うことができるのだろうか。


「……え?なんか言ったぁ?」


 あらぬ方向を見つめていたスルアはシオンの言葉にグルンと首を動かして、彼女をジロリと見つめてくる。


「…………いえ、大丈夫です」


「そう、それならいいのぉ」


 それからボソボソと独り言ち始めた彼女にシオンは言い知れない恐怖を覚える。ただただ薄気味悪い。


「それでは第9ブロック予選最終試合、始め!」


 試合前、シオンは一気に勝負を決めようと考えていた。だが相手の様子があまりにも不気味であったため、近寄ることを躊躇する。


「あれぇ、もう始まりぃ?」


 ゆらゆらと体を揺らしながら、スルアが審判の方へと無防備に顔を向ける。その隙をシオンは見落とさない。


「『炎刃』!」


「ふああ、『風壁』」


 全てを焼き切る炎の刃がスルアへと放たれる。しかしそれは欠伸をしているスルアに届く前に風の壁に阻まれて掻き消えた。


「な!?」


「あー、びっくりしたぁ。もうシオンちゃんいきなりはひどいよぉ。でもそっちがその気ならぁ『風纏』」


 眠そうな目を見開いて呟いた言葉とともに、風がスルアの体を包み込んだ。


「それじゃあ行くよぉ」


 ゆらゆら動く体のせいで、動きの起こりが読み辛いと内心舌打ちをしていると、スルアが突如動いた。それも縦に。それは空中に飛び上がったというよりも浮かび上がったという表現の方が正しいだろう。


「たあああああ」


 気の抜けるような掛け声ではあるが、スルアがまるで空を飛ぶかのように高速で上空から接近してくる。だがそれはシオンからすればあまりにも遅い。簡単に回避行動が取れる。


 彼女の攻撃をギリギリまで見極めてカウンターを決めようとしたところで、すぐにその危険性に気がつく。考えを変えて一気に距離をとった。そのまま彼女が避けたところにスルアの拳が直撃する。風を纏ったそれはリングの床を深く抉りとった。そしてそのまま彼女は再度空中に浮かび上がった。


「あらら、避けられちゃったぁ」


「…………なかなかに嫌らしい攻撃ですね」


 可愛らしく言ってはいるがその攻撃を一度でも受ければ確実に大ダメージを受けるだろう。その上相手は空中にいるのだ。攻撃しようにも手段が狭まってしまう。炎で攻撃しても恐らく先ほどのように風で掻き消されるだろう。水も同様だ。彼女の体を渦のように囲っている風が水を分散させてしまうはずだ。直接攻撃などもってのほかだ。そんなことをすれば目の前の床のように自分もボロ雑巾みたいになってしまう。


「嫌らしいだなんてひどいこと言うなぁ。そんなこと言う子にはこうだぞぉ」


 そう言って彼女は攻撃は再開する。先ほどのような突撃をしたかと思えば、纏っている風を刃に変えて飛ばしてくる。それを回避すれば、今度は風の弾を飛ばしてくる。さらに避ければ今度は風を鞭のようにしならせてシオンに攻撃してくる。緩急をつけた攻撃はシオンに息つく暇も与えない。だがそんな中で、シオンは最適解を求めて頭を回転させ続ける。気がつけば試合が開始してからすでに10分が経過していた。

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